【日常捜査ファイルNo.017】傘を持っていった日に限って雨が降らない事件

【日常捜査ファイルNo.017】傘を持っていった日に限って雨が降らない事件

  • 事案名称: 気象予測無効化現象、通称「アンブレラ・ディフェンス(降水確率の裏切り)」
  • 警戒レベル: ★★★☆☆(直接的な被害はないが、無用の長物と化した傘を持ち歩く身体的・精神的疲労が重い)
  • 捜査難易度: ★★★★★(地球規模の気象システムが相手となるため、逮捕は実質不可能)
  • 被害対象: 天気予報を信じ、朝の忙しい時間にわざわざ長傘を持って家を出た全人類
  • 目撃情報: 雲一つない青空の下の通勤ルート、降水確率80%と報じた朝のニュース番組

現場証言:被害者たちの叫び

「朝のニュースで『午後から本降りになります。大きめの傘を!』と念押しされたので、邪魔だけど長傘を持っていきました。結果、夕方まで一滴も降りませんでした。私の右手を塞いでいたこの杖は一体何なんですか?」

(20代・学生)

「雨が降らないこと自体はいいんです。一番の悲劇は、雨が降らなかったせいで傘の存在を完全に忘れ、帰りの電車の手すりに引っ掛けたまま置き忘れてしまうことです。」

(30代・会社員)

「傘とは雨を防ぐものではない。己の片手を犠牲にして、天から『晴れ』を買うための供物なのだよ。そう思えば、この重みも誇らしいだろう?」

(70代・ベテラン被害者)

事件発生のファイル

「フゥ……。今日もまた厄介な事件(バグ)が舞い込んできたな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。

今回の事件は、現代の高度な気象予測テクノロジーを嘲笑うかのような、大自然の理不尽なトラップである。

朝の段階で「降水確率70%以上」という確固たるデータが提示され、万全の準備をして長傘(または折りたたみ傘)を持参したにもかかわらず、なぜかその日は一滴の雨も降らず、傘がただの「邪魔な荷物」へと成り下がるという怪現象だ。

さらにタチが悪いのは、「どうせ降らないだろう」と高を括って傘を持たずに出かけた日に限って、ゲリラ豪雨に見舞われるという逆の事象も高確率で併発することである。この天候を操る見えざる手の正体を、私が暴き出してみせよう。

容疑者一覧(気象操作の黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。単なる天気予報のハズレにしては、あまりにもターゲット(私)の行動を読んで裏をかいてきている。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:人間の心理的バイアス「マーフィーの法則」(現実度:高)「傘を持って行って雨が降った日」は、傘が役立ったことで納得してしまい記憶に残らない。逆に「傘を持っていったのに降らなかった日」は、持ち歩く物理的なストレスが強いため、ネガティブな記憶として脳に深く刻み込まれる。結果として「傘を持つと雨が降らない」と錯覚しているだけという、極めて現実的で身も蓋もない見解である。
  • 第二の容疑者:気象操作結社「アンチ・アンブレラ」(現実度:中)気象衛星をハッキングし、局地的な天候を操作する裏組織の存在だ。彼らは街角の監視カメラで「傘を持っている人間の割合」をリアルタイムで集計している。そして、傘の所持率が一定を超えた瞬間、特殊なマイクロ波を照射して上空の雨雲を消し去り、人々に無駄な荷物を持たせる徒労感を楽しんでいるのだ。
  • 第三の容疑者:傘自体が放つ「対・降水バリアフォース」(現実度:低・妄想)傘というアイテムそのものに、雨雲を遠ざける魔力(バリア)が宿っているという説。人間が傘を装備して外に出た瞬間、半径数キロメートルに及ぶ「雨除けの結界」が張られるのである。つまり、天気予報が外れたのではなく、あなたの持っているその傘が、その地域の平和(晴天)を守った救世主だという宇宙規模のバグである。

華麗なる迷宮入り

「事態は我々が思っているより深刻かもしれないな……。」

私は午後の張り込み捜査に向かうため、窓の外を見上げた。空には怪しげな黒雲が立ち込めている。

天気予報アプリを開くと、現在地の降水確率は堂々の「90%」だった。

「フッ、この黒雲……間違いなく降るな。今日は愛用のトレンチコートを濡らすわけにはいかない。」

私は迷うことなく、捜査課の傘立てから最も大きくて頑丈な「黒の長傘」を引き抜き、自信満々に街へと繰り出した。

……2時間後。

ジリジリジリ……。

「…………。」

私の頭上には、雲一つない突き抜けるような青空が広がっていた。初夏の強烈な日差しが、黒いトレンチコートを容赦なく熱していく。

私は滝のような汗を流しながら、完全に乾ききったアスファルトの上を、巨大な黒い長傘を杖のようにつきながら歩いていた。すれ違う人々の「なぜあの人、こんなに晴れているのにあんな大きな傘を?」という視線が突き刺さる。

「フゥ……無念だ。」

気象操作結社の罠か、あるいは私の傘が放つ強力なバリアのせいか。今回もまた、決定的な証拠(雨粒)を掴むことはできなかった。私は暑さに耐えかねて駆け込んだ駅前のパン屋で、冷たいお茶とあんぱんを買い求めた。

そして夕方、捜査課に戻った私は、自分の右手が「異常に軽い」ことに気がついた。

そう、私はパン屋の傘立てに、あの憎き長傘を綺麗に置き忘れてきたのである。

謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(パン屋に傘を置き忘れるという二次災害が発生)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(マーフィーの法則と己の記憶力の欠如)
  • カピ主任の見解「傘を持って出た日に雨が降らないのは、天が我々に与えた『筋トレ』の時間なのだ。……さて、パン屋に電話して忘れ物の確認をしなければ。」
  • 捜査状況継続中

私はパン屋のレシートを握りしめながら、新たな事件ファイルを手に取った。

次の現場は――どうやら、そのパン屋からほど近い飲食店らしい。

[ >> File No.018:飲食店で店員を呼ぼうとすると絶対に目が合わない事件 へ続く ]

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。