【日常捜査ファイルNo.018】飲食店で店員を呼ぼうとすると絶対に目が合わない事件

【日常捜査ファイルNo.018】飲食店で店員を呼ぼうとすると絶対に目が合わない事件

  • 事案名称: 接客空間における視線回避現象、通称「ブラインド・ウェイター・シンドローム」
  • 警戒レベル: ★★★★☆(注文のタイミングを逃し続け、空腹と孤独感で精神がゴリゴリ削られる)
  • 捜査難易度: ★★★★★(己の「大声を出す勇気」との孤独な戦いとなるため)
  • 被害対象: 呼び出しボタン(ピンポン)のない店に入ってしまった、少しシャイな全人類
  • 目撃情報: ランチタイムで戦場と化した定食屋、BGMが大きめのおしゃれなカフェ

現場証言:被害者たちの叫び

「メニューを決めて、店員さんがこっちを向いた瞬間に『念』を送るんです。でも、私の顔の5センチ横を滑るように視線が通り過ぎていきます。私は透明人間になったのでしょうか?」

(20代・学生)

「目が合いそうになって、スッと右手を挙げたんです。でも華麗にスルーされてしまい、気まずさのあまり、そのまま後頭部を掻くふりをして誤魔化しました。あれが一番辛いです。」

(30代・会社員)

「視線で店員を呼ぼうなどと甘い考えを捨てることだ。ピンポンのない店では、自らの腹から声を出し、己の存在を世界に証明しなければ飯にはありつけないのだよ。」

(70代・ベテラン被害者)

事件発生のファイル

「フゥ……。今日もまた厄介な事件(バグ)が舞い込んできたな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。

今回の事件は、我々の「承認欲求」と「生存本能(食欲)」を同時に脅かす、極めて残酷な空間トラップである。

メニューが決まり、いざ注文しようと店員に視線を送っているにもかかわらず、まるでこちらの姿が景色と同化してしまったかのように、絶対に目が合わないという怪現象だ。

何度か顔の向きがこちらに向いたはずなのに、焦点は背後の壁や隣のテーブルに合わされている。このままでは餓死してしまうのではないかという恐怖の中、ついに勇気を振り絞って出した「すいませーん」という声すらも、店内の喧騒にかき消される。この完全なるステルス空間の真相を、私が暴き出してみせよう。

容疑者一覧(視線ハッキングの黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに人間の存在感を完全に消し去る技術、タダモノではない。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱん(※今日はこれからランチのため温存)を見つめながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:脳のタスクオーバー「周辺視野の意図的シャットダウン」(現実度:高)店員は「あそこのお皿を下げる」「次のお客さんを案内する」という目の前のミッションに極限まで集中しているため、脳がそれ以外の情報(私からの熱い視線)をノイズとして完全にシャットアウトしているという心理学および脳科学的な容疑者。つまり、物理的には見えていても、脳が「今は見えなかったこと」にしているという、極めて現実的で身も蓋もない見解である。
  • 第二の容疑者:飲食業界の試練結社「発声義務化アライアンス」(現実度:中)「目配せだけで人を動かそうとする傲慢な現代人に、自ら声を張り上げる野生の力とコミュニケーション能力を取り戻させる」という理念を持った裏組織の仕業だ。彼らは店員に対し、一定のデシベル(音量)を超えた声にしか反応してはならないという催眠術をかけている。我々がモジモジしている姿は、厨房の奥から全てモニタリングされているのだ。
  • 第三の容疑者:空腹による「光学迷彩・ミラージュ現象」(現実度:低・妄想)人間の「早く食べたい」という強烈な飢餓感は、体表から特殊な熱エネルギーを放出させる。これが周囲の空気を歪ませ、蜃気楼(ミラージュ)を発生させることで、周囲から自分の姿を完全に隠す「光学迷彩」を作り出してしまっているという宇宙規模のバグである。我々は、空腹になればなるほど透明になっていくのだ。

華麗なる迷宮入り

「事態は我々が思っているより深刻かもしれないな……。」

私は昼食をとるため、近所の昔ながらの洋食屋へと足を運んだ。ここには呼び出しボタンなどという甘っちょろい文明の利器は存在しない。

私は席に着くなりメニューを開き、名物の「特製オムライス」に狙いを定めた。

「フッ、今日こそはスムーズに注文を決めてみせる。」

私はメニューを閉じ、フロアを忙しく歩き回るベテランのホールスタッフに熱い視線を送った。

(……今だ、こっちを向いた!)

私はスッと右手を胸の高さまで挙げた。

スタッフは私のテーブルの真横を、一陣の風のように通り過ぎていった。

「…………。」

私は空中で行き場を失った右手で、ゆっくりと自分の前髪を直すふりをした。

それから10分。私は何度も視線を送り、小さな咳払いをし、念波を飛ばしたが、スタッフとの目は一向に合わない。

その時である。私の後に来店し、隣のテーブルに座った作業着の男性が、メニューも見ずに腹の底から響く野太い声で叫んだ。

「すいませぇーん!! カツ丼大盛りね!!」

「はい、カツ丼大盛りですね! かしこまりましたー!」

スタッフは満面の笑みで即座に反応した。

「フゥ……無念だ。」

周辺視野のシャットダウンか、あるいは光学迷彩か。今回もまた、スマートに注文するという決定的な証拠を掴むことはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は出された冷たいお冷をチビチビと飲みながら、己の喉の奥に眠る野生の力を呼び覚ます決意を固めた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(空腹による光学迷彩が発動し、15分間放置されたため)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(タスク集中による周辺視野のシャットダウンと己の勇気不足)
  • カピ主任の見解「目は口ほどに物を言うと言うが、飲食店においてその諺は全く通用しない。腹から声を出せ。……す、すいませーーん!!」
  • 捜査状況継続中

私はようやく注文できた特製オムライスを胃に流し込み、新たな事件ファイルを手に取った。

次の現場は――どうやら、コンビニのレジらしい。

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