【日常捜査ファイルNo.002】冷蔵庫を開けた瞬間に忘れる事件

【日常捜査ファイルNo.002】冷蔵庫を開けた瞬間に忘れる事件

  • 事案名称: 局所的冷気干渉による記憶初期化現象、通称「コールド・ブランク」
  • 警戒レベル: ★★★★☆(空腹時、および疲労時に多発)
  • 捜査難易度: ★★★★★(記憶そのものが失われるため、被害者本人の証言が極めて曖昧)
  • 被害対象: 主婦、在宅ワーカー、および無意識に冷気を求めてしまう全人類
  • 目撃情報: 深夜の台所、真夏のキッチンなど

現場証言:被害者たちの叫び

「麦茶を出そうとしたはずなんです。でも気づいたら、チューブの生姜を見つめたまま3分が経過していました……。」

(30代・主婦)

「絶対に何か明確な用事があって立ち上がったはずなのに。とりあえず扉を閉めて、リビングのソファに座り直した瞬間に『ああ、納豆だ!』と思い出しました。」

(20代・在宅ワーカー)

「涼みたかっただけかもしれない。もはや私には、扉を開ける前の過去の記憶がないのです。」

(50代・ベテラン被害者)

事件発生のファイル

「フゥ……。今日もまた厄介な事件(バグ)が舞い込んできたな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。

今回の事件は、人間のアイデンティティ(記憶)そのものを奪い去る、極めて恐ろしい事案である。

明確な目的(例:マヨネーズを取る、麦茶を飲む)を持って台所へ向かったにもかかわらず、冷蔵庫の扉を開け、内部の冷気を顔に浴びた瞬間に「目的の記憶が完全に消失する」という怪現象だ。

被害者は例外なく、庫内のLEDライトに照らされながら、賞味期限切れのジャム瓶を虚無の表情で見つめることしかできなくなる。この空白の時間に何が起きているのか。私はただちに現場の状況を分析し、容疑者の洗い出しを開始した。

容疑者一覧(記憶初期化の黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。単なる人間のド忘れで片付けるには、あまりにも発動条件が局地的すぎる。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:脳の仕様「ドアウェイ効果」(現実度:高)人間は「ドアを通る」「場面が変わる」という行動をとった瞬間、脳が『古い情報はもう不要だな』と判断して記憶をリセットしてしまうという、心理学・脳科学的な容疑者。つまり、冷蔵庫の扉を開けるというアクション自体が、脳のキャッシュクリアボタンを押してしまっているという説。極めて現実的で有力な容疑者である。
  • 第二の容疑者:冷蔵庫内の秘密組織による「記憶消去ガス」(現実度:中)我々が扉を開けた瞬間、冷蔵庫から吹き出してくるあの白い冷気。あれはただの冷気ではなく、映画『メン・イン・ブラック』に登場するような「局地的記憶消去ガス」であるという説。庫内に潜む何らかの重大な秘密(家族が隠している高級アイスなど)を守るため、防衛システムが作動しているのだ。なお、捜査課では当組織が使用する特殊ガスの成分を現在も解析中だが、今のところ検出されたのは昨晩のキムチの匂いだけである。
  • 第三の容疑者:並行宇宙との「意識の入れ替わり」(現実度:低・妄想)冷蔵庫の内部が、パラレルワールド(並行宇宙)へのポータルになっているという説。「麦茶を取りに来た私」の意識は並行宇宙へと吸い込まれ、代わりに「ただ冷蔵庫の中を眺めたかっただけの別の世界の私」の意識がこの肉体に入り込んだため、目的を見失って立ち尽くしているという宇宙的バグである。

華麗なる迷宮入り

「事態は我々が思っているより深刻かもしれないな……。」

私は枯渇した脳に糖分を補給するべく、残りのあんぱんを食べようと手を伸ばしたが、そこにあるはずのあんぱんがこつ然と姿を消していた。

周囲をくまなく捜索した結果、なぜか冷蔵庫のチルド室から、キンキンに冷えたあんぱんが発見された。(※先ほど自分で無意識にしまっていた)

人間の脳の脆さか、あるいは並行宇宙のイタズラか。今回もまた、決定的な証拠(消えた記憶)を取り戻すことはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干す。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(庫内の冷気により記憶が凍結)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(脳の仕様変更・ドアウェイ効果)
  • カピ主任の見解「開けた瞬間の冷気は心地よい。だが、己が何を求めて台所へ向かったのか、その初期衝動を決して忘れてはならない……。」
  • 捜査状況継続中

私は静かに立ち上がり、新たな事件ファイルを手に取った。

次の現場は――どうやら、あきらめかけた心の中らしい。

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。