【日常捜査ファイルNo.035】メガネを探していたら既に掛けていた事件
【日常捜査ファイルNo.035】メガネを探していたら既に掛けていた事件
- 事案名称: 網膜一体化錯覚現象、通称「ファントム・グラス・シンドローム」
- 警戒レベル: ★★★☆☆(実害はないが、家族や同僚に目撃された際の社会的ダメージと羞恥心が極大)
- 捜査難易度: ★★★★★(犯人が完全に己の脳内に潜伏しているため、物理的な逮捕が不可能)
- 被害対象: 視力矯正アイテムを長年愛用し、もはやそれが身体の一部と化している全人類
- 目撃情報: 洗面所の鏡の前で自分の顔を指差し、口を半開きにして数秒間フリーズしている姿
現場証言:被害者たちの叫び
「朝、どうしてもメガネが見つからなくて、10分くらい部屋中を這いつくばって探していました。視界がやけにクリアだなとは思ったんです。洗面所で鏡を見たら、そこにはバッチリとメガネを装着したマヌケな私がいました。」
(20代・学生)
「家族に『ねえ、私のメガネ知らない!?』と深刻なトーンで尋ねたら、全員から無言で私の顔を指差されました。あの時のリビングの凍りついた空気は、一生忘れません。」
(30代・会社員)
「メガネとは顔の一部ではない。己の魂そのものなのだよ。魂の在り処を外の世界に探そうなどと、人間の愚かさの極みだ。己を見つめ直せば、そこにある。」
(70代・ベテラン被害者)
導入:事件発生のファイル
「フゥ……。今日もまた厄介な事件(バグ)が舞い込んできたな。」
日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。
今回の事件は、我々の「視覚」と「触覚」の連携を完全にハッキングする、極めて滑稽かつ恐ろしい脳内トラップである。
何かを見ようとして「あれ、メガネがない」と焦り、机の上やカバンの中を血眼になって探しまわる。しかし、いくら探しても見つからないそのアイテムは、あろうことか最初から自分の鼻の上に鎮座し、捜索活動を『極めて鮮明な視界』でサポートしてくれているという怪現象だ。
探しているレンズ越しに世界を見つめながら、「ない、ない」と騒ぐその姿は、もはや上質なコメディである。この完全なる自己矛盾を引き起こす黒幕の正体を、私が暴き出してみせよう。
展開:容疑者一覧(感覚ハッキングの黒幕たち)
「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに鮮やかに、私の鼻当てと耳元の『触覚』だけをデリートするとは。」
私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。
- 第一の容疑者:脳の「感覚順応」による強制オフライン(現実度:高)人間は、常に触れているもの(服や時計、そしてメガネ)の感覚を、脳が「ノイズ」として処理し、意識からシャットアウトする機能を持っている。長年メガネをかけていると、脳が「メガネ=自分の皮膚の一部」と誤認してしまうという脳科学・生理学的な容疑者。己の適応能力の高さが招いた、極めて現実的で身も蓋もない自爆テロである。
- 第二の容疑者:光学機器の暗躍組織「ステルス・フレーム同盟」(現実度:中)持ち主の愛着度を試すため、メガネ自身が仕掛けたトラップだ。彼らは持ち主が油断した瞬間に、鼻と耳に触れる部分に極小の麻酔成分を分泌し、物理的な存在感を消し去る。そして「俺がいないと困るだろう?」と持ち主がパニックになる姿を、鼻の上から特等席でニヤニヤと眺めているのだ。
- 第三の容疑者:並行世界との意識の混線「マルチバース・スリップ」(現実度:低・妄想)実は数分前まで、あなたは本当にメガネを外していたのだ。しかし、その瞬間に「メガネをかけたままの並行世界(パラレルワールド)のあなた」と意識が入れ替わってしまったという宇宙規模のバグである。記憶は「メガネを外したあなた」なのに、肉体は「メガネをかけているあなた」という時空の歪みが、この悲劇を生んでいる。
オチ:華麗なる迷宮入り
「事態は我々が思っているより深刻かもしれないな……。」
私は、昨日届いたばかりの極秘資料(※スーパーの特売チラシ)の細かな文字を解読するため、デスクの引き出しに手を伸ばした。
最近、少しばかり手元のピントが合いづらい。こんな時は、愛用のブルーライトカット機能付きリーディンググラス(老眼鏡とは呼びたくない)の出番だ。
「……あれ? ないぞ。」
引き出しの中には、クリップとホッチキスしかない。
私は舌打ちをし、デスクの上の書類の山をひっくり返し、張り込み用のあんぱんの袋の下まで徹底的に捜索した。
「チッ……おかしい。昨日、PCで調査をした後は確実にこのデスクに置いたはずだ。まさか、ステルス・フレーム同盟の仕業か……!」
私は苛立ちに任せて、5分間オフィスの中を歩き回った。
ふと、極度の集中と焦りから額に汗が滲んでいることに気づいた。私は「フゥ……」とため息をつき、右手で額の汗を乱暴に拭い去ろうとした。
キュッ。
「…………ん?」
私の親指の付け根が、目の前にある「見えないガラスの壁」に激突し、不快な摩擦音を立てた。
同時に、私の右目の視界のド真ん中に、巨大な指紋のベールがかかった。
私は無言のまま、ゆっくりと洗面所へ向かい、鏡の前に立った。
そこには、少し斜めにズレた、指紋まみれのブルーライトカットメガネを装着し、虚無の表情を浮かべた名探偵の姿があった。
「フゥ……無念だ。」
感覚順応の罠か、マルチバースの歪みか。今回もまた、犯行の瞬間という決定的な証拠を掴むことはできなかった(レンズ越しにずっと証拠を見ていたのだが)。探偵帽を深くかぶり直し、私はメガネ拭きで丹念に自らの指紋を拭き取った。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。
【捜査報告書】
- 捜査結果決定的証拠なし(一番の死角である「自分の顔面」に証拠品が鎮座していたため)
- 有力な容疑者第一の容疑者(脳の優秀な感覚順応と、加齢に伴う記憶力の低下)
- カピ主任の見解「探し物をする時は、まず己の顔面と頭頂部を触れ。……それは探偵の基本であり、人としての尊厳を守るための最終防衛線だ。」
- 捜査状況継続中






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