【日常捜査ファイルNo.059】充電ケーブルだけ毎年増殖する事件

【日常捜査ファイルNo.059】充電ケーブルだけ毎年増殖する事件

  • 事案名称: 無機物細胞分裂・無限増殖現象、通称「ケーブル・マルチプリケーション」
  • 警戒レベル: ★★★★☆(引き出しが引っかかって開かなくなる物理的ダメージと、規格違いを引いた時の精神的ダメージのコンボ)
  • 捜査難易度: ★★★★★(「いつか何かの充電に使うかもしれない」という、己の貧乏性と防衛本能には絶対に勝てないため)
  • 被害対象: スマホやガジェットを愛し、新しい機器を迎えるたびに「箱に入っていた純正ケーブル」をそっと引き出しに封印してきた全人類
  • 目撃情報: デスクの引き出しを開け、黒と白のコードが複雑に絡み合った「メデューサの頭」のような物体を前に、そっと引き出しを閉じる姿

現場証言:被害者たちの叫び

「断捨離を決意して引き出しを開けたのですが、Type-C、Micro USB、そして謎の独自規格のケーブルが大量に発掘されました。『これはあの時のデジカメ用かも』と思うと1本も捨てられず、結局元のメデューサに戻して封印しました。」

(20代・学生)

「急速充電対応の新しいケーブルを買うたびに、古いケーブルを捨てればいいのに『予備として』残してしまいます。結果、我が家のケーブルの数は、現在充電すべき端末の数の約5倍に膨れ上がっています。」

(30代・自営業)

「ケーブルとは、デジタル機器と電源とを繋ぐ『へその緒』だ。親(ガジェット)が代替わりして姿を消しても、へその緒だけは引き出しの奥でひっそりと生き続ける。これはもはや、一種の供養なのだよ。」

(70代・ベテラン被害者)

導入:事件発生のファイル

「フゥ……。今日もまた厄介な事件(バグ)が舞い込んできたな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。

今回の事件は、我々がデジタル社会を生き抜く上で絶対に避けては通れない、極めて物理的かつ心理的なブラックホール現象である。

新しいスマートフォンやワイヤレスイヤホンを買うたびに、箱の底に必ず同梱されている新品のケーブル。普段使っているお気に入りのケーブルがあるため、それは使われずに引き出しへと直行する。そうして数年後、ふと引き出しを開けると、絶対に買った覚えのない本数のケーブルたちが、互いに複雑に絡み合いながら引き出しの容量を限界まで圧迫しているという怪現象だ。

捨てようにも「どれが何のケーブルか分からない」という呪いが我々の手を止める。この、デスクの奥底で静かに進行する無限増殖の真相を、私が暴き出してみせよう。

展開:容疑者一覧(ケーブル増殖の黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに堂々と、私の収納スペースを無断で占拠し続けるとは。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:脳の「サンクコスト・防衛プロトコル」(現実度:高)「まだ使える」「もったいない」「もし明日、Micro USB端子の古い機器を使う用事ができたらどうする?」という、脳が勝手に作り出したあり得ない未来への過剰な危機感である。ケーブル自体が悪いのではない、その細い導線に「安心感」という重すぎる価値を見出している人間の貧乏性が招いた自爆である。
  • 第二の容疑者:ガジェット業界の「端子規格・カオス戦略」(現実度:中)かつて、充電端子は魑魅魍魎の如く乱立していた。mini USB、Micro USB、Lightning、そしてType-C。業界が統一規格への移行を渋ったあの暗黒時代の名残が、今もなお我々の引き出しに「捨てられない理由」として鎮座しているのだ。我々は、巨大企業の規格争いの傷跡を引き出しに抱えさせられているのである。
  • 第三の容疑者:無機物の「夜間細胞分裂」(現実度:低・妄想)引き出しという暗く密閉された空間の中で、ケーブルたちは深夜、独自のエコシステムを構築して生きている。彼らは互いの銅線を絡ませ合うことで有糸分裂を起こし、数週間かけて新しい「謎の短いケーブル」を産み落としているという宇宙規模のバグだ。増えているのではない、彼らは繁殖しているのだ。

オチ:華麗なる迷宮入り

「事態は我々が思っているより深刻かもしれないな……。」

休日の午後。私はデスクの引き出しの整理に着手していた。

数ヶ月前、専用の強力ハサミを導入して5,000枚にも及ぶDVDをバキバキに解体するという、血の滲むような断捨離ミッションを完遂したこの私だ。引き出しの一段を綺麗にするなど、赤子の手をひねるようなものさ。

「さて、まずは一番下の大きな引き出しからだ。」

しかし、その引き出しを開けた瞬間、私の動きは完全に停止した。

そこには、歴代の相棒たち……最新鋭のPixel 10 Pro XLやPixel Fold、さらには検証用に迎え入れたRedmi K60 Proなどに付属していた「純白のType-Cケーブル」たちが無数に折り重なっていた。

さらにその下層には、かつて何かの機器に付属していたであろう、黄ばみ始めたMicro USBケーブル、短すぎる謎の黒いケーブル、そして「片方がUSB-Aで、もう片方が見たこともない丸い端子」の正体不明のケーブルまでもが、まるで巨大な一つの生命体(ヤマタノオロチ)のように複雑に絡み合い、蠢いているように見えた。

(……チッ! なんだこの地獄絵図は。よし、今日こそは断ち切ってやる!)

私は意を決し、ヤマタノオロチの中心に手を突っ込んで「明らかに黄ばんでいるMicro USBケーブル」を一本引き抜こうとした。

しかし、一本を引っ張ると、見事な知恵の輪状態で絡まり合った他の5本のケーブルが、ズルズルと芋づる式に持ち上がってきた。

「ええい、離れろ! お前たち全員を養うスペースはもう我が家にはないのだッ!」

私は両手を使って必死に絡まりを解こうとしたが、解けば解くほど別の端子が引っかかり、事態は悪化の一途をたどる。

(バカな……。あの5,000枚のDVDを粉砕した私が、たかが数本のビニール線に敗北するというのか……!?)

ハサミで物理的に切断してやろうかという狂気が一瞬頭をよぎったが、「いや、このType-Cはあのデバイスを急速充電する時に必要かもしれない」「この謎の端子は、ひょっとするとあの古いハードディスクのデータ復旧に使うかもしれない」という、脳内防衛プロトコルが強烈なブレーキをかけた。

「…………。」

私はヤマタノオロチを優しく引き出しの奥へと押し込み、ゆっくりと、しかし確実に引き出しを閉じた。

「フゥ……無念だ。」

サンクコストの呪縛か、夜間細胞分裂の脅威か。今回もまた、スマートに必要なケーブルだけを選別し、引き出しに平穏をもたらすという決定的な証拠を掴むことはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「絡まったケーブルを解くよりも、Amazonで新しくて長いケーブルを1本買った方が精神衛生上良い」という危険な思想に身を委ねながら、静かにパソコンのブラウザを立ち上げた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(巨大なメデューサを前に、己の「いつか使うかも」という貧乏性に完全敗北したため)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(ありもしない未来の危機を想像し、捨てられない人間の弱さ)
  • カピ主任の見解「『何に使うか分からないケーブル』は、この先の人生でも絶対に使うことはない。だが、それを捨てた翌日に限って、まさにその端子が必要な事態が発生する。それがこの世界の無慈悲な法則だ。」
  • 捜査状況継続中(新しく注文したケーブルが届き、ヤマタノオロチの頭がまた一つ増える予定)

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