【日常捜査ファイルNo.064】保存したはずのファイルが行方不明事件

【日常捜査ファイルNo.064】保存したはずのファイルが行方不明事件

  • 事案名称: 異次元保存・不可視化現象、通称「ブラックホール・セーブ・ロスト」
  • 警戒レベル: ★★★★★(「あんなに完璧な文章だったのに」という喪失感で、一から書き直す気力が完全に削ぎ落とされる致死レベルの精神的ダメージ)
  • 捜査難易度: ★★★★☆(「最近使ったファイル」のリストには亡霊のように表示されるのに、クリックすると「見つかりません」と表示される完全なる密室ミステリー)
  • 被害対象: 己のタイピングスピードとショートカットキー(Ctrl+S)の腕前を過信し、保存先ディレクトリの確認を怠った全人類
  • 目撃情報: デスクトップ、ドキュメント、ダウンロードの各フォルダを狂ったように巡回し、最終的にエクスプローラーの検索窓にファイル名を打ち込んで虚無のロード画面を見つめている姿

現場証言:被害者たちの叫び

「ダウンロードしたはずのPDF資料が消えました。『ダウンロード』フォルダにもありません。仕方なくもう一度ブラウザからダウンロードすると、ファイル名に『(1)』が付きます。つまり、初代は確実に私のPC内のどこかで息を潜めているのです。」

(20代・学生)

「Excelで完璧な企画書を作り、『名前を付けて保存』でエンターキーをターンッ!と叩き込みました。しかし、添付しようとメールソフトを開くと、そのファイルはどこにも存在しませんでした。あの企画書は今、パラレルワールドでプレゼンされているのでしょうか。」

(30代・会社員)

「保存先を確認せずにエンターキーを叩く行為。それは、目隠しをしたまま大海原に小瓶を投げ入れるようなものだ。Cドライブという名の広大な深淵(アビス)を舐めるな。」

(70代・ベテラン被害者)

導入:事件発生のファイル

「フゥ……。今日もまた厄介な事件(バグ)が舞い込んできたな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。

今回の事件は、我々がデジタル社会で労働・創作活動を行う上で最も恐ろしい、「データの神隠し」という名のサイバー・トラップである。

何時間もかけて文章やデータを作成し、「よし、これで完成だ」と達成感に包まれながら保存ボタンを押す。アプリケーションを閉じ、いざそのファイルを提出(またはアップロード)しようとした瞬間、デスクトップにもドキュメントにもそのファイルが存在せず、PCの中をいくら捜索しても跡形もなく消え去っているという怪現象だ。

確かに「保存しました」というプログレスバーは走った。システムは嘘をつかないはずだ。では、私の血と汗の結晶はどこへ消えたのか。この、OSの裏側に潜む広大なブラックホールの真相を、私が暴き出してみせよう。

展開:容疑者一覧(ファイル神隠しの黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに鮮やかに、私の創作物を異次元へと転送してくるとは。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:脳の「オート・エンター・シンドローム」(現実度:高)「保存」ダイアログが出た瞬間、人間の脳は「早くタスクを終わらせたい」という欲求から、保存先(パス)を一切確認せずに条件反射でエンターキーを叩き込んでしまう。その結果、前回全く別の作業で使っていた「階層が深すぎる謎のフォルダ」や「USBメモリの中」にポツンと保存されているという容疑者。消えたのではない、あなたがとんでもない辺境の地に置き去りにしただけだ。
  • 第二の容疑者:OSの「シャドウ・ディレクトリ(Tempフォルダ)の罠」(現実度:中)圧縮ファイル(ZIP等)の中身を解凍せずに直接開き、そこで編集して上書き保存をしてしまった場合に発動する無慈悲なシステム。OSは一時的な「Tempフォルダ」に保存を許可するが、大元の圧縮ファイルを閉じた瞬間、そのTempフォルダごと「なかったこと」として完全に消去(デリート)してしまうのだ。
  • 第三の容疑者:時空の歪み「クラウド・ハイジャック」(現実度:低・妄想)あなたがローカル(自分のPC)に保存したつもりでも、OneDriveやGoogleドライブといったクラウドストレージの精霊たちが「これは私が預かっておきましょう」と勝手に空の上へと持ち去ってしまったという宇宙規模の現象だ。彼らはお節介にも、あなたのファイルを雲の奥深くに隠しているのである。

オチ:華麗なる迷宮入り

「事態は我々が思っているより深刻かもしれないな……。」

昨晩のことだ。私は愛機のDell XPS 8920の前に座り、静かな闘志を燃やしていた。

数ヶ月前、私はこのPCで、RAWパーティション化してしまった不調な4TBのハードディスクから、専用の復旧ソフトを駆使してデータを救い出すという、血の滲むような大捜査(データリカバリー)を完遂したばかりだ。

あの果てしないスキャンと復元作業の地獄を経験した私にとって、「データの保全」は呼吸と同じくらい当たり前の絶対ルールとなっていた。

「フッ、名探偵たるもの、二度とデータロストの悲劇は繰り返さない。」

その日、私は世の平和を守るため、極秘裏に管理・運営している『とある注意喚起サイト』に掲載するための、新たな記事を執筆していた。巧妙化する最新のフィッシング詐欺メールを解剖し、WordPressでアーカイブするための重要な原稿だ。

私はテキストエディタに、注意すべきドメインの特徴や手口を完璧なハードボイルド調で打ち込んでいった。

「よし、傑作の完成だ。全国の迷える子羊たちを救う、最高の指南書になるぞ。」

私はキーボードの「Ctrl+S」をターンッ!と叩き、ファイル名を『phishing_alert_046.txt』として、迷うことなく保存のエンターキーを押し込んだ。そして、颯爽とテキストエディタを閉じた。

「さて、あとはサーバーにアップロードするだけだ。」

ブラウザでWordPressの管理画面を開き、「ファイルを選択」ボタンを押す。

……ない。

デスクトップに、あるはずの『phishing_alert_046.txt』がないのだ。

「……ん? おかしいな。ドキュメントフォルダに保存されたか?」

私はエクスプローラーを開き、ドキュメント、ダウンロード、さらにはピクチャフォルダまで確認したが、どこにもない。

(チッ……焦るな。私には4TBのRAWデータを復旧させた実績がある。こんな数キロバイトのテキストファイルなど、すぐに見つけ出せる!)

私はテキストエディタを再起動し、「最近使ったファイル」の履歴を開いた。

そこには、誇らしげに『phishing_alert_046.txt』の名前が輝いていた。

「フハハ! 見つけたぞ、この逃亡者め!」

私は勝利を確信し、その履歴をクリックした。

『ファイル C:\Users\Kapi\AppData\Local\Temp\Temp1_spam_screens.zip\phishing_alert_046.txt が見つかりません。移動、名前の変更、または削除された可能性があります。』

「…………なっ!?」

私は己の犯した致命的なミスを完全に理解し、背筋が凍りついた。

私は執筆前、読者から提供された「スパムメールのスクリーンショット画像(ZIPファイル)」を解凍せずにダブルクリックで開き、そのZIPフォルダ内から直接「新規テキストファイル」を作成して執筆を始めていたのだ。

そして、保存してエディタを閉じ、大元のZIPファイルを閉じた瞬間……Windowsのシステムは、用済みとなったTempフォルダを、私の一時間の労力(原稿)ごと、この世から完全に消し去ったのである。

「フゥ……無念だ。」

オート・エンターの罠か、Tempフォルダの冷酷な掟か。

壊れた4TBのハードディスクからデータを救い出せたこの私が、たった3分前に自分が保存したテキストファイル一つ救い出せないとは。

探偵帽を深くかぶり直し、私は完全に白紙に戻ったテキストエディタを前に、己の傲慢さを呪いながら最初の一文字目「フゥ……。」を再び打ち込み始めた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(OSの仕様という名の完全なるブラックホールに飲み込まれ、復旧ソフトでも手出しできない完全消去状態となったため)
  • 有力な容疑者第二の容疑者(圧縮ファイル内での直接編集という、絶対にしてはいけない禁忌の操作)
  • カピ主任の見解「保存時の『エンターキー』は、銃の引き金と同じだ。撃つ前(押す前)に、必ずパス(保存先)という的を確認しろ。Tempフォルダという名のスラム街に落としたファイルは、二度と生きては帰ってこない。」
  • 捜査状況継続中(記憶を頼りに、先ほどより少しだけクオリティの下がった2回目の原稿を涙目になりながら執筆中)

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。