【日常捜査ファイルNo.066】Steamのセールで「いつかやる」と買ったゲームが、ライブラリの中で永遠に眠り続ける事件

【日常捜査ファイルNo.066】Steamのセールで「いつかやる」と買ったゲームが、ライブラリの中で永遠に眠り続ける事件

  • 事案名称: 未プレイ・デジタル資産塩漬け現象、通称「デジタル・スリープ・スタック(積みゲー)」
  • 警戒レベル: ★★★★★(Steam Calculatorなどで自分のライブラリの総資産額を計算した瞬間、正気を失うレベルの精神的・経済的ダメージ)
  • 捜査難易度: ★★★★★(「次の週末に絶対やる」「お盆休みに腰を据えてやる」という己の強固な決意が、休日の朝に必ず崩壊するため)
  • 被害対象: サマーセール、オータムセールなどの時期に現れる「-75%」「-90%」という緑色の割引バッジに脳を焼かれた全PCゲーマー
  • 目撃情報: 数百タイトルが並ぶ膨大なライブラリを上から下へと虚無の表情でスクロールし続け、結局「親の顔より見た、いつものゲーム」のプレイボタンを押している姿

現場証言:被害者たちの叫び

「『圧倒的に好評』というレビューと、80%オフという破格の値段に惹かれて買いました。神ゲーだと確信しています。ただ、購入ボタンを押してからもう3年が経過していますが、まだ一度もインストールしていません。私の心の中ではすでにクリア済みです。」

(20代・学生)

「大型連休に向けて、大作RPGからインディーゲームまで5本まとめ買いしました。しかし、連休中は結局、すでにプレイ時間が1,000時間を超えている対戦ゲームしか起動しませんでした。新しいゲームのシステムを覚える体力が、もう私には残っていないのです。」

(30代・会社員)

「Steamのライブラリとは、ゲームを遊ぶための場所ではない。『いつかこれを遊ぶ時間と体力がある自分』という、理想の未来をコレクションする美術館なのだよ。積んでいるのではない、飾っているのだ。」

(70代・ベテラン被害者)

導入:事件発生のファイル

「フゥ……。今日もまた厄介な事件(バグ)が舞い込んできたな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。

今回の事件は、我々がデジタル社会で娯楽を享受する上で、最も甘美でありながら最も残酷な「自己欺瞞(じこぎまん)」のトラップである。

季節の変わり目に必ず訪れる、Steamの大規模セール。ウィッシュリストに入れていた名作たちが、信じられないような低価格で叩き売りされている。「この値段なら買っておかないと損だ」「いつか絶対にやるはずだ」。そう自分に言い聞かせてカートに放り込み、決済を完了させる。

しかし、「ライブラリに追加されました」という文字を見た瞬間に謎の達成感と満足感に包まれ、そのまま一度も起動されることなく、デジタル空間のチリとなって永遠に眠り続けるという怪現象だ。

なぜ我々は、遊ばないゲームに金を払い続けるのか。この、ゲーマーの業(ごう)が渦巻くライブラリの真相を、私が暴き出してみせよう。

展開:容疑者一覧(積みゲー増殖の黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに堂々と、私の財布から資金を吸い上げ、時間を奪わない(遊ばない)とは。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:脳の「購入即・エンディング誤認バグ」(現実度:高)人間の脳は、セールで「お得に買い物をした」という強烈なドーパミンを分泌した瞬間、ゲームをクリアした時と同等の達成感を得てしまう。つまり、あなたにとってのゲーム体験は「カートに入れて決済ボタンを押した瞬間」にすでに完結(エンディング)を迎えているという脳科学的な容疑者。ゲームを買うゲーム、それがSteamセールなのだ。
  • 第二の容疑者:加齢による「新規システム学習拒絶症(チュートリアル・アレルギー)」(現実度:中)ゲームを起動し、オープニングムービーを見て、複雑な操作方法や専門用語をチュートリアルで一から覚える。その「初期労力」を想像しただけで、脳が強烈な拒絶反応を示すという悲しきエイジング現象だ。「疲れているから、今日は何も考えずに遊べるいつものゲームにしよう」という逃げ口上が、名作たちをライブラリの奥深くへと追いやっている。
  • 第三の容疑者:緑色のバッジによる「催眠術(サブリミナル・ハッキング)」(現実度:低・妄想)「-80%」と書かれたあの独特の緑色のバッジには、人間の判断力を完全に奪う特殊な電磁波が仕込まれているという宇宙規模の陰謀だ。あなたが買っているのではない、あの緑色の四角形が、あなたの指を強制的に動かして決済させているのである。

オチ:華麗なる迷宮入り

「事態は我々が思っているより深刻かもしれないな……。」

週末の夜。私は一切の業務と転職活動の面接準備から解放され、至福の休息時間を迎えようとしていた。

愛機の前に座り、デュアルモニターに眩しい光を灯す。

「フッ、今夜こそは……名探偵たるもの、常に新しい刺激(エンタメ)を摂取し続けなければならない。」

私は意気揚々とSteamのクライアントを立ち上げた。

今夜は配信の枠を取る予定だ。リスナーたちに、前回の大型セールで半額になっていたため勢いで買った、プレイ時間100時間超えが確実視されている「超大作オープンワールドRPG」の初見プレイを披露する絶好のチャンスである。

(よし、まずはライブラリからインストール……っと)

私はズラリと並んだ数百のゲームリストをスクロールした。

未プレイのまま眠り続けるインディーゲーム、まとめ買いで安かったから買っただけの過去のFPS、バンドルでついてきた全く興味のないパズルゲーム。

画面をスクロールするごとに、私の脳裏に「操作を覚える労力」「膨大なテキストを読む気力」「明日も朝から活動しなければならないという現実」が重くのしかかってきた。

(……チッ、初見のRPGはリスナーへの解説も必要だし、何よりチュートリアルが長い。今の私の疲弊した脳髄では、処理落ちしてしまう危険性があるな。)

私はマウスのホイールを回す手を止め、無意識のうちにリストの「お気に入り」カテゴリにある、親の顔より見たタイトル群へと視線を移していた。

「……フッ、やはり今夜は、生存者と殺人鬼が命がけの鬼ごっこをする『Dead by Daylight』の霧の森へ赴くのが、一番の気分転換(リラクゼーション)というものだ。あるいは『PlateUp!』で無心になって料理を配膳し続けるのも悪くない。」

私は、数千円を支払って買った新品の超大作RPGをあっさりと見捨て、すでに何百時間もプレイし、脳死状態でも指が勝手に動くいつもの対戦ゲームの『プレイ』ボタンをターンッ!と叩き込んだ。

「さあ、リスナー諸君! 今夜も華麗なるチェイス(あるいは皿洗い)をとくと見よ!」

私は威勢よくマイクのスイッチを入れたが、足元では白黒の愛しき同居人が「またそのゲームか。お前、先週『絶対新しいのやる』って言ってなかったか?」とでも言いたげな、呆れ返った視線を送っていた。

「フゥ……無念だ。」

新規システム学習拒絶症か、緑色バッジの催眠術か。今回もまた、スマートに新しい世界へと旅立ち、積まれたゲームを消化するという決定的な証拠を掴むことはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は発電機を修理する爆音を聞きながら、ライブラリの肥やしとなった名作たちに心の中でそっと手を合わせた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(「新しいことを覚えるのが面倒くさい」という圧倒的な怠惰により、いつもの森へと逃亡したため)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(「買うこと」自体が最大のエンターテインメントとなっている、己の悲しき所有欲)
  • カピ主任の見解「セールでゲームを買う時、お前が払っているのは『ゲーム代』ではない。『いつかこれをプレイする豊かな人生を送りたい』という叶わぬ夢への『お布施』だ。積んでいる自分を許せ。それがSteamゲーマーの歩む道だ。」
  • 捜査状況継続中(次のサマーセールでも、絶対にやらないであろう「-90%」のゲームをウィッシュリストに放り込みながら捜査中)

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