【日常捜査ファイルNo.085】「あ、こんにちは!」と言ったら知らない人だった事件
【日常捜査ファイルNo.085】「あ、こんにちは!」と言ったら知らない人だった事件
- 事案名称: 視覚的誤認・強制挨拶発動現象、通称「フレンドリー・ファイア・グリーティング(同士討ちの挨拶)」
- 警戒レベル: ★★★★★(満面の笑みと高めのテンションで放たれた「お疲れ様です!」が空を切った時の、致死量の社会的ダメージと冷や汗)
- 捜査難易度: ★★★★★(一度振り上げた腕と声帯の震えを、コンマ数秒で「ただのストレッチ」や「独り言」に偽装するのは、人類の反射神経の限界を超えているため)
- 被害対象: 視力が少し落ちているのに眼鏡をかけずに出歩いた者、または「人との縁を大切にしよう」と常にオープンマインドで生きているすべての善良な市民
- 目撃情報: 街角で誰かに向かって元気に手を振った直後、急に真顔になってそのまま頭の後ろを掻きむしり、逃げるように早歩きで去っていく姿
現場証言:被害者たちの叫び
「後ろ姿が完全に職場の先輩でした。コートも、歩き方も、カバンも。肩をポンと叩いて『奇遇ですね!』と覗き込んだら、全く知らないおじさんでした。私は反射的に『……という夢を見たんです』と呟いて、光の速さでその場から走り去りました。」
(20代・会社員)
「スーパーでママ友を見つけて『あーっ! 久しぶり!』と大声で駆け寄りました。相手が振り向いた瞬間、他人だと気づいたのですが、もうブレーキが間に合いませんでした。結局、その知らない人と3秒間見つめ合った後、無言で特売のキャベツを握りしめました。」
(30代・自営業)
「挨拶とは、人間関係を築くための最初の架け橋だ。しかし、その橋を架ける相手を間違えた時、お前は自ら架けた橋の上から、羞恥という名の谷底へと真っ逆さまに転落するのだよ。」
(70代・ベテラン被害者)
導入:事件発生のファイル
「フゥ……。今日もまた厄介な事件(バグ)が舞い込んできたな。」
日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。
今回の事件は、我々が社会生活を営む上で欠かせない「コミュニケーション」が、己の脳の欠陥によって引き起こす極めて残酷な自爆トラップである。
街を歩いている時、ふと前方に見覚えのあるシルエットを見つける。「おっ、あいつは……」。あなたは迷わず、明るい声と笑顔を作って手を振りながら近づいていく。
しかし、相手が不思議そうな顔をして振り向いた瞬間、顔のパーツが全くの別人で、自分が完全なる「見知らぬ他人」に対して全力のフレンドリー・アタックを仕掛けてしまったことに気づくという怪現象だ。
なぜ、私の目は彼を「知人」だと誤認してしまったのか。この、白昼堂々繰り広げられる悲しき一人芝居の真相を、私が暴き出してみせよう。
展開:容疑者一覧(視覚誤認の黒幕たち)
「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに完璧なタイミングで、私のハードボイルドなクールさを粉々に打ち砕いてくるとは。」
私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。
- 第一の容疑者:脳の「シルエット・オートコンプリート機能」(現実度:高)人間の脳は、少ない情報(髪型、服装、体格など)から「自分の知っているデータベース」を瞬時に検索し、都合よく顔まで補完(オートコンプリート)してしまうという脳科学的な容疑者。つまり、あなたの目が狂ったのではない。あなたの脳が「あいつだ!」とフライングで断定し、勝手に体にGoサインを出してしまったのだ。
- 第二の容疑者:アパレル業界の「量産型クローン・デコイ」(現実度:中)現代のファッションは、流行の型が決まっている。同じブランドの同じ色のコート、似たようなマッシュルームヘア、定番のリュックサック。街中には、あなたの知人を模した「量産型のデコイ(囮)」が大量に放たれており、あなたが罠にかかるのを待っているのだ。
- 第三の容疑者:視界の魔物「フェイク・フレンド」(現実度:低・妄想)他人の顔をコンマ数秒だけ「あなたの知人の顔」にすり替える、悪趣味な魔物が存在するという宇宙規模の現象だ。あなたが手を振った瞬間、魔物は幻術を解き、「はい残念、別人でしたー!」と空の上で腹を抱えて笑っているのである。
オチ:華麗なる迷宮入り
「事態は我々が思っているより深刻かもしれないな……。」
数日前のことだ。私はアジトにて、自身が運営するオンラインストアの発送業務と、クライアントから依頼されたWebデザインのコーディング作業に忙殺されていた。
「フッ、名探偵たるもの、たまには外の空気を吸って、脳のキャッシュをクリアしなければならない。」
私は気分転換と発送作業を兼ねて、荷物を抱えて街のコンビニエンスストアへと向かった。
ミッションを無事に終え、アイスコーヒー片手にアジトへ帰還しようとした、その時だ。
前方の横断歩道で信号待ちをしている、一人の人物の背中が目に入った。
カーキ色のジャケット、少し猫背な立ち姿、そして特徴的なメッセンジャーバッグ。
私の脳内データベースが、一瞬で一つのプロファイリングを弾き出した。
(……間違いない。あれは、よく一緒にオンラインゲーム(Dead by Daylight)で夜を明かす、あのゲーマーの友人だ!)
こんなところで遭遇するとは、なんという偶然。
名探偵たるもの、仲間との絆は常に大切にしなければならない。私は背後から忍び寄り、最高のタイミングで驚かせてやろうと企んだ。
私は足音を殺して近づき、彼の肩から約1メートルの距離に到達した。
そして、満面の笑みを浮かべ、少し高めのテンションで右手を高く掲げた。
「おーい! 奇遇だな! 昨日の夜は散々だったな!」
私のハードボイルドかつフレンドリーな声が、白昼の交差点に響き渡る。
その声に反応し、カーキ色のジャケットの人物が『ビクッ』と肩を揺らし、ゆっくりとこちらを振り返った。
「…………はい?」
そこに現れたのは、私の友人よりも20歳は年上の、全く見ず知らずの、そしてひどく怯えた表情を浮かべた見知らぬおじさんであった。
「……なっ!?」
時間が、止まった。
私の脳内で警報(サイレン)が鳴り響く。
(バ、バカな!? シルエットは完全に一致していたはずだぞ! フェイク・フレンドの罠か!?)
振り上げた右手。すでに放たれてしまった「昨日の夜は散々だったな」という、意味不明なセリフ。
おじさんは、完全に私を『白昼堂々絡んできたヤバい奴』として認識し、後ずさりを始めている。
(チッ……! ここで「人違いでした」と謝るのは三流だ! 私は『後ろにいる透明な誰かに話しかけていた男』を演じ切る!)
私は顔の筋肉をピクピクと痙攣させながら、振り上げた右手をそのまま「首の後ろを揉みほぐす動作」へとスライドさせた。
「……いやー、昨日の夜は(ゲームで負けすぎて)散々だったなー、首が痛えなー、ハハハ……」
私は虚空を見つめながら、おじさんの真横をすり抜け、一度も振り返ることなく光の速さで交差点を渡り切った。背中に突き刺さる、おじさんと周囲の歩行者たちの「何だあいつ」という冷たい視線が、私のプライドを蜂の巣にしていった。
アジトのドアを開けると、玄関で出迎えた白黒の愛しき同居人(猫)が、「お前、外で何かとてつもなくダサいことしてきた顔してるぞ」とでも言いたげな、呆れ返った視線を送っていた。
「フゥ……無念だ。」
オートコンプリート機能の暴走か、量産型デコイの罠か。今回もまた、スマートに友人に声をかけ、クールな立ち話に花を咲かせるという決定的な証拠を掴むことはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「今後は、相手の顔の正面(網膜)を完全に確認するまで、絶対に声帯を震わせない」という鉄の掟を心に誓った。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。
【捜査報告書】
- 捜査結果決定的証拠なし(見切り発車で挨拶をかました結果、見知らぬおじさんに恐怖を与え、自らは社会的な死の淵を彷徨ったため)
- 有力な容疑者第一の容疑者(背中の情報だけで都合よく顔を合成してしまう、己の脳の早とちり)
- カピ主任の見解「人違いに気づいた時、無理に誤魔化そうとするから傷口が広がるのだ。間違えた時は、潔く『ああっ! 申し訳ありません! 完全に人違いでした!』と90度の直角お辞儀を決めろ。正直な謝罪こそが、唯一の生還ルートだ。」
- 捜査状況継続中(もし次あのゲーマーの友人に本物と会った時、トラウマで声をかけられないかもしれないと危惧しながら捜査中)






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