【日常捜査ファイルNo.129】「これ要るかな?」で荷物が倍になる事件

【日常捜査ファイルNo.129】「これ要るかな?」で荷物が倍になる事件

  • 事案名称: 念のため増殖現象、通称「ジャスト・イン・ケース・シンドローム(杞憂の重武装)」
  • 警戒レベル: ★★★★★(「もし雨が降ったら」「もし寒かったら」「もし腹が減ったら」という終わりのない『もしも』の連鎖によって、1泊2日の小旅行が海外遠征レベルのフル装備になり、道中で肩と腰が破壊される致死量の物理的ダメージ)
  • 捜査難易度: ★★★★☆(「備えあれば憂いなし」という古来からの正論を盾に脳が命令を下してくるため、荷物を減らすことへの謎の罪悪感が生じ、論理的な取捨選択が完全に破綻するため)
  • 被害対象: 「いざとなれば現地で買えばいい」という合理的な判断ができず、自らの危機管理能力の高さを呪いながらパンパンの鞄を抱えて歩く、すべての心配性なトラベラーたち
  • 目撃情報: 「とりあえず入れとくか」と虚空に向かって呟きながら、2泊の旅行に対してなぜか5日分の下着と、絶対に読まないであろう分厚いハードカバーの小説をボストンバッグにねじ込んでいる姿

現場証言:被害者たちの叫び

「『ホテルにシャンプーはあるけど、髪に合わなかったらどうしよう』『靴擦れするかもしれないから絆創膏とスニーカーの予備も』と詰め込んだ結果、キャリーケースが凶器のような重さになりました。結局、ホテルのシャンプーは最高に良い香りで、予備の靴はただの重りでした。」

(20代・会社員)

「出張前、モバイルバッテリーを3個もカバンに入れました。さらに『移動中に勉強しよう』と専門書を2冊。結果的に移動中はスマホで動画を見て爆睡し、バッテリーは1個すら使い切りませんでした。」

(30代・営業職)

「安心感というものは、物理的な質量を持っているのだよ。我々は旅先での『快適さ』を買うために、自らの体力を削って『重さ』という税金を払っているのだ。」

(70代・ベテラン被害者)

導入:事件発生のファイル

「フゥ……。人間という生き物は、未知の領域(外の世界)へ踏み出そうとする時、己の不安を物質の量で埋め合わせようとする臆病な存在のようだな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら、プルタブを弾いたミラクルエナジーNEOを喉に流し込んだ。

今回の事件は、我々が旅や出張に出る前夜、最も冷静であるべき荷造りの時間に突如として発生する、極めて理不尽な質量増幅ミステリーである。

あなたはカバンを広げる。最初は極めてシンプルだ。着替え、財布、スマホ。

「フッ……俺に必要なのはこれだけさ。身軽なのが一番だ。」

しかし、カバンのジッパーを閉めようとした瞬間、頭の中で囁く声が聞こえるのだ。

「本当にそれだけでいいのか? もし急に冷え込んだら? もしホテルのコンセントが遠かったら?」

その悪魔の囁きに屈した瞬間、防御壁は崩壊する。カーディガンが追加され、延長コードが追加される。「これも念のため」「あれも一応」。

気がつけば、スマートだったはずのカバンは、まるで冬眠前のヒグマのように丸々と膨れ上がっている。

なぜ我々は、「99%使わない」と分かっているものを、わざわざ自らの肩を壊してまで持ち運んでしまうのか。この「荷造り時・無限増殖バグ」の真相を、私が暴き出してみせよう。

展開:容疑者一覧(杞憂の重武装の黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに完璧なタイミングで、私のハードボイルドで身軽なスタイルを、ただの『夜逃げの最中』へと引きずり下ろしてくるとは。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:脳の「サバイバル・シミュレーター(暴走する危機管理)」(現実度:高)「出先でトラブルが起きたらどう対応するか」というシミュレーション機能が暴走し、無人島にでも行くかのような最悪のケースばかりを想定して、過剰な物資を要求してくる己の防衛本能。
  • 第二の容疑者:カバンの「ブラックホール・イリュージョン(まだ入るという錯覚)」(現実度:中)少しでも隙間があると「ここにもう一つ入るな」と、パズルゲームのような感覚に陥ってしまい、空間をゼロにするまで物を詰め込まずにはいられなくなる視覚的な罠。
  • 第三の容疑者:荷造りの妖怪「モシモ・オバケ」(現実度:低・妄想)旅行前夜の部屋に現れ、カバンの中に「もしも」という呪いの言葉を吹き込み、本来なら絶対にいらない謎のアイテム(例:ルービックキューブや、何年も使っていないマッサージ器)を催眠術で入れさせるオカルト現象だ。

オチ:華麗なる迷宮入り

「事態の真相は、私がたった1泊の隣町での張り込み調査に向けて、愛用のボストンバッグを開いたまさにその時、無慈悲に牙を剥いて現れるようだな……。」

ある雨降りの前夜。私はアジトで翌日の張り込みの準備をしていた。

1泊2日。ターゲットの動きを監視するだけの簡単なミッションだ。着替えと、メインで使っている通信端末のGoogle Pixel 10 Pro XLさえあれば十分なはずだった。

(フッ……プロの荷物は最小限。これが鉄則だ。)

しかし、ボストンバッグのジッパーに手をかけた瞬間、私の手がピタリと止まった。

(……待てよ。もしターゲットが複雑な動きをして、複数の画面で同時にマップと資料を確認する必要が出たらどうする? よし、念のため初代Google Pixel Foldもサブ機として持っていこう。)

私は分厚い折りたたみスマホをカバンに滑り込ませた。すると、次々と「もしも」の連鎖が始まった。

(もし調査中に端末を落としたら致命的だ。以前買ったMagSafe対応のスマホネックストラップも追加だ。……いや、もし現場で極太のロープやケーブルを切断するような物理的障害に遭遇したら? よし、この強力な万能鋏『SK11 SST-250』も忍ばせておこう。凶器にはならないが、厚物切りには最高だ。)

「念のため」の連鎖は止まらない。

(夜間の冷え込みに備えて厚手のパーカー。徹夜の監視に備えてミラクルエナジーNEOを3本。万が一の豪雨に備えて折り畳み傘と、靴の防水スプレー……)

翌朝。私は、鉛のように重いボストンバッグを引きずりながら現場に到着した。肩にはすでに深い食い込みの跡がつき、張り込みを開始する前に私の体力はレッドゾーンに突入していた。

そして24時間後。ターゲットは結局一度も外出せず、私の張り込みは何の事件もなく終了した。

万能鋏の出番は当然なく、サブ機のPixel Foldは一度も開かれず、大量のエナジードリンクはただ私の腰を破壊する重りと化していた。唯一使ったのは、一番底に押し込んでシワシワになった替えの下着だけだった。

アジトへ帰還し、重すぎるカバンを床にドサリと投げ出す私を待っていたのは、「お前は隣町に軍事作戦でもしに行ってたのかニャ? プロなら『現地調達』という言葉を覚えろ」とでも言いたげな、我が家の白黒の愛しき同居人(猫)の果てしなく冷ややかな視線だった。

「フゥ……完全なる敗北だ。」

暴走する危機管理か、妖怪の催眠術か。今回もまた、必要最小限のツールだけでスマートに仕事をこなす探偵であることを証明することはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「荷物を詰める時は『もしも』を考えた時点でそのアイテムは除外する、という断捨離の精神を持たねば、一生重力に縛られたままだ」という血の滲むような真理を噛み締めた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(「念のため」と詰め込んだ道具が一つも役に立たなかった上に、重さで体力を削られた自業自得であるため)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(ありもしないサスペンス映画のような危機的状況を勝手に妄想し、工具まで詰め込んでしまった己の中二病じみた防衛本能)
  • カピ主任の見解「探偵たるもの、自分の行動範囲と必要な物資くらい正確にプロファイリングしろ。万能鋏なんて持って歩いてたら、ターゲットよりお前の方が不審者だぞ。次からは財布とスマホと、ちょっとの勇気だけ持って家を出ろ。」
  • 捜査状況継続中(主任の辛辣な意見に反省し、次こそは手ぶらで行ってやると決意するものの、いざ出発となると「やっぱり充電ケーブルだけは……」と結局またカバンが膨れ上がっていくという、無限ループの迷宮に突入しているため)

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