【日常捜査ファイルNo.123】診察日だけ症状が軽くなる事件
【日常捜査ファイルNo.123】診察日だけ症状が軽くなる事件
- 事案名称: 自然治癒・仮病疑惑現象、通称「メディカル・ミラージュ(幻の病魔)」
- 警戒レベル: ★★★★★(医者の前で「あの、昨日の夜までは本当に痛かったんです!」と必死に弁明すればするほど、ただの神経質なクレーマーに見えてくるという致死量の社会的・精神的ダメージ)
- 捜査難易度: ★★★★☆(「昨日までの地獄のような苦しみ」を証明する手段が患者の証言しかなく、客観的な証拠(症状)が目の前で完全に消滅しているため)
- 被害対象: 数日間痛みに耐え抜き、ついに白旗を揚げて病院の予約サイトのボタンを押したすべての我慢強い現代人たち
- 目撃情報: 待合室のソファーで背筋をピンと伸ばして健康そうに雑誌を読みふけり、自分の名前を呼ばれた瞬間にだけ、慌てて弱々しい咳払いをして診察室へ入っていく不自然な姿
現場証言:被害者たちの叫び
「3日間も胃痛でのたうち回り、やっとの思いでクリニックを予約。しかし当日の朝、目覚めた瞬間に空腹を感じ、病院の待合室では『帰りに何を食べようか』ばかり考えていました。医者には『綺麗ですね』と笑われました。」
(20代・会社員)
「喉が腫れて声も出なかったのに、病院に着いた途端にスルスルと声が出るように。診察室でわざと掠れた声を出そうとしましたが、自分でも引くぐらい美声が響き渡りました。」
(30代・営業職)
「病院という空間は、足を踏み入れるだけで病魔を退散させる結界が張られているのだよ。我々は医者に診てもらうためではなく、その結界に入るために高い初診料を払っているのだ。」
(70代・ベテラン被害者)
導入:事件発生のファイル
「フゥ……。人間という生き物は、自らの肉体の危機を他者に証明しようとした瞬間に、その肉体自身から梯子を外される孤独な存在のようだな。」
日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。
今回の事件は、我々が「己の自然治癒力」に見切りをつけ、ついに現代医学の門を叩こうと決心したまさにその日に発生する、極めて理不尽な人体ミステリーである。
数日続く謎の痛み、止まらない咳。あなたはハードボイルドに耐え忍んできたが、ついに限界を悟る。「ダメだ、プロ(医者)に任せよう」。
重い指を引きずり、スマホで翌朝の診察予約を入れる。
そして迎えた翌朝。あなたはベッドから身を起こす。
「……あれ?」
痛くない。体が羽のように軽い。昨日までのあの激痛は、まるで悪い夢だったかのように跡形もなく消え去っているのだ。
「治った……のか?」
キャンセルすべきか。しかし、もし今キャンセルして、明日の夜に再び痛みがぶり返したら地獄だ。念のため行くしかない。
だが、健康体そのもので医者の前に座り、「今日はどうされましたか?」と問われた時のあの圧倒的な気まずさ。なぜ我々は、専門家に症状を診てもらいたい日に限って、絶好調のコンディションに仕上がってしまうのか。この、診察室前で突如として発生する「全回復バグ」の真相を、私が暴き出してみせよう。
展開:容疑者一覧(幻の病魔の黒幕たち)
「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに完璧なタイミングで、私を『ただ病院へ散歩しに来た暇な男』へと陥れてくるとは。」
私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。
- 第一の容疑者:脳の「予約完了・プラシーボ効果(安堵の麻酔)」(現実度:高)「ついに明日、病院に行ける」という強烈な安心感が、脳内で極上の鎮痛物質(エンドルフィン)をドバドバと分泌させ、物理的な症状すら一時的に麻痺させてしまう人体システムのオーバードライブ。
- 第二の容疑者:免疫細胞の「一夜漬けディフェンス(面目躍如)」(現実度:中)体内でサボっていた白血球たちが、「ヤバい、明日外部のプロ(医者)の監査が入るぞ!」と焦り出し、徹夜でウイルスや炎症を駆逐して証拠隠滅を図る体内ブラック企業の構図。
- 第三の容疑者:病魔の「ホワイトコート・エスケープ(白衣恐怖症)」(現実度:低・妄想)患者の体内に巣食う病魔が、病院特有の消毒液の匂いや白衣を見た瞬間にビビり散らして細胞の奥深くに隠れてしまい、医者がいる間だけ息を潜めているというオカルト現象だ。
オチ:華麗なる迷宮入り
「事態の真相は、私が過酷な張り込みで謎の腰痛に襲われ、数日間の苦悶の末に近所の整形外科のドアを開けたまさにその瞬間、無慈悲に牙を剥いて現れるようだな……。」
ある秋の朝。私は重い足取りでアジトを出た。
ここ数日、私の腰には鉛が埋め込まれたような鈍痛が走っており、探偵としての機動力は著しく低下していた。ついに観念し、評判の良い整形外科の予約をもぎ取ったのだ。
(フッ……もしかすると、ヘルニアというやつかもしれない。だが、この痛みも今日で終わりだ……。)
しかし、病院の待合室のソファーに座り、問診票に「寝返りを打つだけで激痛」と書き込んでいる最中に、私はある異変に気がついた。
(……痛くない。全く、痛くないぞ……?)
試しに待合室のソファーで少し腰をひねってみたが、極めてスムーズだ。昨日まであんなに苦しんだのが嘘のように、腰が軽い。
「○○番でお待ちの患者様、診察室へどうぞ」
看護師の軽やかな声に呼ばれ、私は立ち上がった。その動きは、まるで10代のスポーツ少年のように俊敏でしなやかだった。
「今日は、腰が痛いんですね。どう動かすと痛みますか?」
ベテランの医師がカルテを見ながら尋ねる。
「いや、それが……その、昨日の夜までは、前屈みになると激痛が走っていたんですが……。」
私は慌てて前屈の動作をしてみせた。指先が床にピタリと届くほど、美しいストレッチが決まった。
「…………。」
診察室に、気まずい沈黙が流れた。
「……今は、全く痛くないんですね?」
「はい……不思議なことに、絶好調です……。」
結局、レントゲンにも一切の異常は見られず、私は「一応、湿布出しときますね」という医師の憐れみのこもった冷ややかな視線を背に受けながら、診察室を後にした。
アジトへ帰還し、ただの健康体として大量の湿布を机に並べる私を待っていたのは、「お前は、高いお金を払って医者にストレッチを見せに行ったのかニャ?」とでも言いたげな、我が家の白黒の愛しき同居人(猫)の果てしなく冷ややかな視線だった。
「フゥ……完全なる敗北だ。」
安堵の麻酔か、白血球の一夜漬けか。今回もまた、プロフェッショナルな医者の前で己の傷跡をハードボイルドに提示することはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「次から病院へ行く時は、一番痛かった瞬間の悶え苦しむ自分の姿をスマホの動画で録画して証拠品として提出すべし」という血の滲むような真理を噛み締めた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。
【捜査報告書】
- 捜査結果決定的証拠なし(完璧なコンディションで診察室に入り、医師の前で無駄に健康的な前屈を披露して初診料をむしり取られただけだったため)
- 有力な容疑者第一の容疑者(病院の予約が完了した時点で「戦いは終わった」と勝手に勝利宣言を出してしまう、己の単細胞すぎる脳内プラシーボ)
- カピ主任の見解「探偵たるもの、自分の不調くらい正確に言語化してプレゼンしろ。痛くないのに『昨日までは痛かったんです!』って必死に言い訳してる姿は、宿題忘れた小学生と完全に一致してるぞ。次は痛みがマックスの時に這ってでも行け。」
- 捜査状況継続中(主任の辛辣な意見に反省し、次こそは一番ひどい状態を見てもらおうと決意するものの、いざ症状が悪化すると「今は動けないから無理」と結局行かないという、無限ループの迷宮に突入しているため)






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