【日常捜査ファイルNo.126】待ち時間は長いのに診察は30秒事件

【日常捜査ファイルNo.126】待ち時間は長いのに診察は30秒事件

  • 事案名称: 超長期待機・瞬間決着現象、通称「スリーセカンズ・ジャッジメント(瞬きの審判)」
  • 警戒レベル: ★★★★★(「この2時間半の待ち時間は一体何だったのか」という虚無感が、処方された薬の効能すらも打ち消してしまいそうになる致死量の精神ダメージ)
  • 捜査難易度: ★★★★☆(「すぐに終わる=重症ではない」という医学的には極めてハッピーな結末であるため、正面切って文句を言うことが誰にもできないという完璧な密室トリック)
  • 被害対象: 貴重な有給休暇や半休を削り、待合室にあるすべての週刊誌を読み尽くすほどの時間を耐え抜いた、すべての善良なる患者たち
  • 目撃情報: 診察室に入ってパイプ椅子に腰を下ろしたと思ったら、瞬きを二回した直後にはもう「お大事に」と言われ、カバンを下ろす暇すらなかったため、中腰のまま後ずさりして出てくる姿

現場証言:被害者たちの叫び

「待合室で2時間待ち、その間に自分の症状をいつから、どう痛むのか、完璧なプレゼン資料として頭の中で構築していました。しかし医者は私の喉を一瞥し、『あー、乾燥だね。うがい薬出しとくね。はい次の方!』と一蹴。私のプレゼンは脳内で空しく散りました。」

(20代・会社員)

「待ち時間が長すぎて、待合室のソファーでうたた寝をしてしまい、逆に体調が回復してしまいました。診察室では『特に異常ないですね』の10秒で終了。私は病院へ何をしに行ったのでしょうか。」

(30代・フリーランス)

「時間とは相対的なものだ。待合室の時計は泥のように重く進むが、診察室の時計は光の速さで駆け抜ける。我々は医療機関において、アインシュタインの相対性理論を体感しているのだよ。」

(70代・ベテラン被害者)

導入:事件発生のファイル

「フゥ……。人間という生き物は、自らの苦痛に壮大なドラマを求めすぎるあまり、プロフェッショナルの無慈悲な『効率』の前に己の小ささを思い知るようだな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。

今回の事件は、我々が「己の肉体の危機」を専門家に託そうとした際に、時間の概念が根本から崩壊する極めて理不尽なタイムスリップ・ミステリーである。

あなたは不安を抱え、クリニックの扉を叩く。待合室はすし詰め状態で、受付からは「2時間ほどお待ちいただきますが……」という非情な宣告。しかし、背に腹は代えられない。

あなたはソファーに深く沈み込み、スマホの充電をすり減らしながら、果てしない時を耐え忍ぶ。

「フッ……この痛みの原因、素人には到底分かるまい。名医との白熱の問答が待っているぜ。」

ついに名前を呼ばれ、あなたは覚悟を決めて診察室へ足を踏み入れる。

しかし、現実はどうだ。

椅子に座るか座らないかのタイミングで、医師はあなたの患部(あるいは喉や目)をペンライトで一瞬だけ照らし、「はい、ただの〇〇ですね。薬出しておきます。お大事に」と、まるで流れ作業のボルト締めのように一瞬で任務を完了させるのだ。

なぜ我々は、映画一本分にも相当する待機時間を経ておきながら、カップラーメンにお湯を注ぐよりも早く外へ放り出されてしまうのか。この、医療現場における「時間非対称バグ」の真相を、私が暴き出してみせよう。

展開:容疑者一覧(瞬きの審判の黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに完璧なタイミングで、私の練り上げた『症状ヒストリー』の語りを封殺してくるとは。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:名医の「タイム・コンプレッション(時間圧縮術)」(現実度:高)毎日何百人もの患者を診ている医師の圧倒的な経験値により、「患者が口を開く前の歩き方と顔色」の時点で9割方診断が完了しており、残りの30秒はただの確認作業に過ぎないというプロの極意。
  • 第二の容疑者:待合室の「精神的重力異常(精神と時の部屋)」(現実度:中)病院の待合室には特殊な磁場が発生しており、そこに座っている間だけ体感時間が通常の10倍に引き伸ばされる。そのため、実際の診察は標準的な時間(5分)であっても、患者の脳内では30秒にしか感じられないという空間トリック。
  • 第三の容疑者:病院の魔物「タイム・イーター(時間喰い)」(現実度:低・妄想)病院の天井裏に潜む魔物が、患者たちの「早く呼ばれないかな」という焦燥感を主食としており、待合室の時間を限界まで引き伸ばしてチューチューと吸い取った結果、診察室に割ける時間が30秒しか残らないというオカルト現象だ。

オチ:華麗なる迷宮入り

「事態の真相は、私が右腕に現れた『謎の赤い発疹』を新種の猛毒だと確信し、皮膚科の門を叩いたまさにその時、無慈悲に牙を剥いて現れるようだな……。」

ある夏の終わりのことだ。

私の右腕に、突如として奇妙な赤い斑点が現れた。痒みはないが、少し熱を持っている。私は探偵という職業柄、様々な危険と隣り合わせだ。

(フッ……つい先日の廃工場での張り込み。あの時、何らかの未知の化学物質、あるいは南米の毒虫に触れてしまったのかもしれん。)

私は最悪の事態を想定し、地域の評判が良い皮膚科へと急行した。

待合室は地獄のような混雑だった。「3時間待ちです」と告げられたが、私の命がかかっているのだ、引くわけにはいかない。

私はスマホのメモ帳を開き、ここ1週間の自分の行動履歴、接触した可能性のある物質、そしてこの発疹が如何に特異な形状をしているかを克明にタイピングし、医師への完璧な報告書(レポート)を作成しながらその時を待った。

「○○番でお待ちの患者様、診察室1へどうぞ」

ついに私の番だ。私はハードボイルドな面持ちで立ち上がり、スマホを握りしめて診察室のドアを開けた。

「今日はどうされましたか?」

ベテランの医師がカルテを見ながら尋ねる。私はパイプ椅子に腰を下ろし、静かに右腕の袖をまくり上げた。

「先生、よく見てください。この発疹の形状……単なるかぶれとは思えません。実は先日、特殊な現場で——」

「あー、ダニですね。」

「……え?」

「夏場の草むらとか入りました? マダニじゃなくて普通のダニなんで心配ないです。強い塗り薬出しておくので、3日もすれば消えますよ。痒くなっても掻かないでね。はい、お大事にー。」

時間にして、約25秒。

医師は私の腕をルーペで1秒チラリと見ただけで、私が3時間かけて構築した「南米の毒虫・化学物質陰謀論」を、ただの「草むらのダニ」として一刀両断に粉砕したのである。

「あ、いや……でもこれ、熱が……」

「薬塗れば引きます。次の方どうぞー!」

私はスマホの画面に長文のメモを表示させたまま、逃げるように診察室から押し出された。

アジトへ帰還し、処方された軟膏を無言で腕に塗りたくる私を待っていたのは、「プロの目を舐めるなニャ。お前の三流推理なんて、医者から見れば診察室のドアを開けた瞬間に論破完了してるんだよ」とでも言いたげな、我が家の白黒の愛しき同居人(猫)の果てしなく冷ややかな視線だった。

「フゥ……完全なる敗北だ。」

時間圧縮術か、魔物の時間喰いか。今回もまた、プロフェッショナルな医者を唸らせるような難解な謎(病魔)を持ち込む、ハードボイルドな探偵であることを証明することはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「医者が30秒で終わらせてくれるということは、それだけ自分が平和で健康な証拠である」という、悔しくもありがたい真理を噛み締めた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(己の過剰な被害妄想を3時間かけて育て上げた結果、プロの医師にコンマ秒で「ただの虫刺され」と看破され、完膚なきまでに敗北したため)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(素人の杞憂など一瞬で見抜く、長年の臨床経験によって鍛え上げられた医師の圧倒的な眼力と処理能力)
  • カピ主任の見解「探偵たるもの、30秒で『異常なし』と言われたことに感謝しろ。もし医者が腕を見た瞬間に顔色を変えて『……これは。今すぐ奥の部屋へ!』なんて言い出したら、お前一番に泣き叫ぶだろ。待合室の長さは、平和への入場料だと思え。」
  • 捜査状況継続中(主任の正論にぐうの音も出ないまま、指示通りに1日2回軟膏を塗り続けた結果、わずか2日で発疹が跡形もなく消え去り、現代医療の圧倒的なパワーにただただ平伏しているため)

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