【日常捜査ファイルNo.127】駅弁を食べようとするとトンネルに入る事件

【日常捜査ファイルNo.127】駅弁を食べようとするとトンネルに入る事件

  • 事案名称: 景観喪失・暗黒メシ化現象、通称「ブラックアウト・ディナー(漆黒の晩餐)」
  • 警戒レベル: ★★★★★(窓の外を流れる美しい田園風景をおかずに高級な和牛弁当を頬張るという至福の計画が、窓に突如映し出された「モゴモゴと咀嚼する間の抜けた自分の顔」を見つめながらの食事へと急転直下する、致死量の精神ダメージ)
  • 捜査難易度: ★★★★☆(列車のダイヤとトンネルの位置は鉄道会社によって完璧に計算されており、乗客の食欲のタイミングなど一切考慮されていないという、物理的かつ鉄壁のアリバイが存在するため)
  • 被害対象: 駅の売店で奮発して1,500円以上の豪華な駅弁と缶ビールを買い込み、車内で「非日常」を味わおうとウキウキで割り箸を割ったすべてのロマンチストたち
  • 目撃情報: パッケージの紐をほどき、蓋を開けて「さあ食うぞ」と身を乗り出した瞬間、車窓が真っ暗になり、暗闇の窓ガラス越しに自分の虚無の表情と目が合って箸がピタッと止まっている姿

現場証言:被害者たちの叫び

「海沿いを走る路線に乗ったので、青い海を見ながら海鮮丼を食べようと決めていました。視界が開けた瞬間に蓋を開けたのですが、一口目のイクラを箸で摘んだ瞬間に長めのトンネルに突入しました。私はただ、自分の顔を見ながらイクラを噛み潰しました。」

(20代・会社員)

「トンネルの何が嫌って、暗くなることじゃないんです。窓ガラスが完全な『鏡』になって、疲れ切った自分の顔が克明に映し出されることです。非日常の旅情が、一瞬でシビアな現実に引き戻されるんです。」

(30代・フリーランス)

「駅弁の味わいとは、50%が食材、残りの50%が流れる景色なのだよ。景色という最高のスパイスを奪われ、己の老いた顔面を眺めながら食べる冷めたご飯……これ以上の孤独がこの世にあるだろうか。」

(70代・ベテラン被害者)

導入:事件発生のファイル

「フゥ……。人間という生き物は、旅という非日常の魔力に当てられると、自らの食事のタイミングすら大自然にコントロールされていることを忘れてしまう愚かな存在のようだな。」

日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。

今回の事件は、我々が鉄の馬(特急列車)に乗り込み、ささやかな晩餐の幕を開けようとしたまさにその瞬間に、世界が突如として暗転する極めて意地悪な暗黒ミステリーである。

あなたは出張や旅行の道中、駅のホームで吟味に吟味を重ね、少し値の張る幕の内弁当を購入する。座席に着き、列車が動き出してもすぐには食べない。ビル群の灰色の景色では、駅弁のポテンシャルを最大限に引き出せないからだ。

「フッ……焦るな。本当のショーは、街を抜けてからだ。」

そして30分後。窓の外に緑豊かな山々や、きらめく川の水面が広がり始める。ここだ。

あなたは冷えたビールのプルタブを弾き、弁当の蓋を開ける。木の香りと共におかずが顔を出し、完璧な旅のワンシーンが完成する。

あなたが心の中で乾杯し、メインの肉に箸を伸ばしたその時だ。

『ゴォォォォォォッ!!』

凄まじい風切り音と共に、外の景色が完全に消失する。トンネルだ。

さっきまで大自然を映し出していた窓ガラスは一瞬にして漆黒のキャンバスとなり、そこには「弁当の肉を口に運んだまま硬直する、疲れ切った現代人の顔」が残酷なまでに鮮明に映し出されている。

なぜ我々は、最も景色を楽しみたい「食事のスタートダッシュ」のタイミングで、わざわざ暗闇の奈落へと突き落とされるのか。この、車内で突如として発生する「景観強制シャットダウンバグ」の真相を、私が暴き出してみせよう。

展開:容疑者一覧(漆黒の晩餐の黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに完璧なタイミングで、私のハードボイルドな旅情を、ただの『自意識との対面時間』へと引きずり下ろしてくるとは。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:脳の「絶景=食欲直結バグ(パブロフのトラップ)」(現実度:高)「綺麗な景色を見ながら食べたい」という人間のロマンが災いし、山間部や海岸線など「トンネルが物理的に連続しやすい険しい地形」に差し掛かった瞬間にこそ食欲のピークを合わせてしまうという、地理学を無視した脳の悲しき習性。
  • 第二の容疑者:インフラの「タイムキラー・トンネル(無情なる土木工学)」(現実度:中)主要駅から列車が発車し、乗客が「そろそろ街も抜けたし食べるか」と思い始める開始20〜30分の地点に、見計らったかのように長大な山越えのトンネルが掘られているという、日本の国土が生んだ必然の罠。
  • 第三の容疑者:窓ガラスの精霊「ミラー・ドッペルゲンガー(鏡面の分身)」(現実度:低・妄想)「浮かれてんじゃねえぞ」と、窓ガラスに潜む精霊が非日常を満喫する乗客を嫉妬し、暗闇を利用して「現実の自分」を直視させることで旅のテンションを強制的に下げるオカルト現象だ。

オチ:華麗なる迷宮入り

「事態の真相は、私が地方での張り込み調査に向かう特急列車の車内で、清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った『特選・黒毛和牛すき焼き弁当』の紐をほどいたまさにその時、無慈悲に牙を剥いて現れるようだな……。」

ある秋の日の午後。私は特急の窓際席に陣取っていた。

テーブルの上には、駅の売店で目を皿にして選んだ至高の牛すき焼き弁当。私は市街地を抜けるまでの30分間、ただひたすらに唾液を飲み込み、その時を待った。

(フッ……来たぜ。見渡す限りの見事な紅葉と、エメラルドグリーンの渓谷。まさに名画のような借景だ。)

私はハードボイルドな手つきで割り箸を割り、蓋をパカリと開けた。甘辛いタレの香りが鼻腔をくすぐる。私は最も大きな肉を箸でつまみ上げ、窓の外の渓谷に向かって静かに掲げた。

「いただきます、だ。」

肉が私の唇に触れた、まさにコンマ1秒後だった。

『ゴォォォォォッ!!』

視界が真っ黒に塗りつぶされた。

突如現れた長大なトンネル。紅葉も渓谷も跡形もなく消え去り、そこにはただ、漆黒の窓ガラスが広がっていた。

そしてそのガラスには、「口の周りに甘辛いタレをつけ、大きく口を開けたまま放心している、目つきの悪い男」の顔が、バッチリとフルHD画質で映し出されていたのである。

(な、なんだと……。俺は今、こんな間抜けな顔で肉を食おうとしていたのか……?)

トンネルは終わらない。どうやらこの路線で最も長い、5分以上続く大トンネルのようだ。

私は逃げ場を失い、窓ガラスに映る自分自身と気まずいアイタクトを交わしながら、ただ黙々と冷めた牛肉を咀嚼し続けるしかなかった。肉の味は、どこか塩っぱかった。

アジトへ帰還し、空になった弁当箱をゴミ袋へ突っ込む私を待っていたのは、「『景色が消えた』とか文句言いながら、米粒ひとつ残さず綺麗に完食してるじゃないかニャ。結局ただ腹が減ってただけだろ」とでも言いたげな、我が家の白黒の愛しき同居人(猫)の果てしなく冷ややかな視線だった。

「フゥ……完全なる敗北だ。」

パブロフのトラップか、鏡面の分身か。今回もまた、大自然をバックに優雅な食事を楽しむ、絵になる探偵であることを証明することはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「駅弁を食う時は、あらかじめ路線図とトンネルの位置をハッカー並みに頭に叩き込んでおくか、いっそ目を閉じて味覚だけに全集中すべし」という血の滲むような真理を噛み締めた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(己の食事のタイミングの悪さを大自然のせいにしようとしたが、窓に映る自分の顔のあまりの滑稽さにすべての反論を失ったため)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(景色が良くなった瞬間に「今だ!」とGOサインを出してしまう、地理的なリスク管理が全くできていない己の食欲)
  • カピ主任の見解「探偵たるもの、どんな過酷な環境下(トンネル内)でも動じずにメシを食え。窓に映る自分の顔が気に入らないなら、最初から夜行列車にでも乗って暗闇と同化してろ。次からは窓のブラインドをシャットダウンして食え。」
  • 捜査状況継続中(主任の暴論に一理あると感じつつも、やはり「駅弁は景色込み」というロマンを捨てきれず、次こそは完璧なタイミングで弁当を開けてやると時刻表を睨みつけるという、終わりのないダイヤグラムとの戦いに突入しているため)

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