【日常捜査ファイルNo.146】先生の『痛かったら言ってください』と言われた頃にはもう終わっている事件
【日常捜査ファイルNo.146】先生の『痛かったら言ってください』と言われた頃にはもう終わっている事件
- 事案名称: 鎮痛確認・完全遅延現象、通称「アフター・ペイン・プロトコル(手遅れの慈悲)」
- 警戒レベル: ★★★★★(最も激しい痛みのピークを歯を食いしばって耐え抜き、魂が抜けかけた直後に放たれる的外れな優しさがもたらす、致死量の徒労感と裏切られた感覚)
- 捜査難易度: ★★★★☆(「いや、もう痛いのは終わったんですけど」と抗議しようにも、すでに処置が完了してしまっているため、今さら文句を言うとただの心の狭いクレーマーになってしまうという完全なる心理的密室状態)
- 被害対象: 歯科治療や皮膚科の処置などにおいて、プロの技術を信じ、己の痛覚センサーを極限まで麻痺させようと試みたすべての哀れな患者たち
- 目撃情報: 治療用の椅子(ユニット)の上で両手を強く握りしめ、全身を硬直させて耐え抜いた直後、医師からの「痛いですか?」という問いかけに対し、涙目で虚空を見つめながら「……いえ、大丈夫です」と力なく首を振る姿
現場証言:被害者たちの叫び
「歯医者で、ドリルが明らかに神経の近くを削っていて大パニックになっていた時です。削り終わってドリルが口から出た瞬間に、『はーい、痛かったら左手挙げてくださいねー』と言われました。私の左手は、挙げるタイミングを永遠に失いました。」
(20代・会社員)
「足の裏のイボを液体窒素で焼かれた時のことです。『ジュッ!』という凄まじい激痛に耐え、息が止まりそうになった直後、先生が穏やかな声で『どうですか? 痛いですか?』と聞いてきました。痛いからさっきから足の指が全部丸まってるんですよ!」
(30代・営業職)
「医療現場における『痛かったら言ってください』は、患者への配慮ではない。『今、君は私の手によって痛みを乗り越えたのだよ』という、術者からの輝かしい勝利宣言なのだ。」
(ベテラン被害者)
導入:事件発生のファイル
「フゥ……。人間という生き物は、どれほど修羅場をくぐり抜けてきたタフガイであろうとも、白衣を着たプロフェッショナルの『時間差の優しさ』の前では、ただ言葉を失う哀れな存在のようだな。」
日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら、プルタブを弾いたミラクルエナジーNEOを喉に流し込んだ。
今回の事件は、我々が己の肉体のメンテナンスを専門家に委ねた際、最も無防備な治療台の上で突如として発生する、極めて残酷なタイムラグ・ミステリーである。
あなたは覚悟を決めて診察室に入る。今日のミッションは、虫歯の治療(あるいはちょっとした切開など)だ。
「フッ……この程度の痛み、ハードボイルドな俺にとっては蚊に刺されたようなものさ。」
治療が始まる。冷たい金属の感触。そして、予熱もなく突如として襲いかかる、脳天を貫くような激痛!
あなたは己のプライドをかけ、呻き声一つ上げまいと必死に手すりを握りしめる。額には冷や汗が浮かび、全身の筋肉が硬直する。永遠にも似た数秒間。
そして、ついにその激痛のピークが過ぎ去り、器具が患部から離れる。
(……はぁっ、はぁっ……耐えきった……! 俺の勝ちだ……!)
その、あなたが魂の底から安堵したまさに次の瞬間。
医師が、まるで天使のような慈愛に満ちた声でこう囁くのだ。
『はーい、もし痛かったら言ってくださいねー。』
(な、なんだと……!? 今!? もう一番痛いところ終わっただろ!! なぜそれを削る前に言わない!!)
なぜ彼らは、確実に痛みが伴う処置の「直後」という、最も意味のないタイミングで生存確認をしてくるのか。この「医療現場・遅延確認バグ」の真相を、私が暴き出してみせよう。
展開:容疑者一覧(手遅れの慈悲の黒幕たち)
「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに完璧なタイミングで、俺のプロフェッショナルとしての忍耐力を、ただの『リアクションの遅れた間抜け』へと引きずり下ろしてくるとは。」
私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。
- 第一の容疑者:医療界の「先手必勝・奇襲プロトコル」(現実度:高)「今から痛いですよ」と先に言うと患者が身構えて筋肉が硬直し、余計に処置がしづらくなるため、あえて不意打ちで一気に終わらせ、事後報告として「痛かったら言って(もう終わったけどね)」と告げるプロの高度な心理戦術。
- 第二の容疑者:脳の「ペイン・タイムラグ処理(痛覚の暴走)」(現実度:中)実は医師は処置の「前」にちゃんと声をかけていたのだが、あまりの恐怖と激痛によって患者の脳が音声データの処理を後回しにしてしまい、痛みが引いた後にようやく耳に届くという人体構造上のバグ。
- 第三の容疑者:治療台の魔物「レイト・コンパッション(遅れてきた同情)」(現実度:低・妄想)治療台のライトの裏に潜む魔物が、患者が激痛に耐えている間は医師の声を遮断し、一番安心した瞬間にだけ「痛かったら言ってね」という声を再生して、患者の心に深い絶望を植え付けるオカルト現象だ。
オチ:華麗なる迷宮入り
「事態の真相は、俺が長年の不摂生がたたり、ついに観念して近所の歯科医院の門を叩いたある日の午後、無慈悲に牙を剥いて現れるようだな……。」
その日、私はリクライニングする診察台の上で、眩しいライトに照らされていた。
(フッ……どんな拷問器具(ドリル)が出てこようと、探偵の口を割らせることはできないぜ。俺のポーカーフェイスを見せてやる。)
「それじゃあ、少し削っていきますねー。」
ウィィィィンという甲高いモーター音が響き、私の口腔内に冷たい水とドリルが侵入してきた。
次の瞬間。
『ズガガガガッ!! キィィィン!!』
(……ッッッ!!!!)
想像を絶する衝撃が、私の神経を直接撫で回した。私はハードボイルドなポーカーフェイスを一瞬で投げ捨て、両手で腹の上のタオルを親の仇のように握りしめた。足の指は靴の中で限界まで反り返り、全身から滝のように冷や汗が噴き出した。
永遠とも思える数分が過ぎた。
ついにドリルの音が止み、口から器具が抜かれた。私は、荒い息を吐きながら、虚脱状態に陥った。
(……終わった。俺は生き延びたのだ。)
その時、マスク越しの目元を優しく細めた先生が、私の顔を覗き込んで言った。
「はーい、お疲れ様でした。削るの痛かったら、無理せず左手挙げてくださいねー。次はもう少し深く削りますからねー。」
(な、なんだと……!? 今のは序の口だと!? しかも、あの激痛の中でどうやってスマートに左手を挙げろと言うんだ!)
私は、「あ、はい……」と消え入るような声で答えるのが精一杯だった。すでに私の体力と精神力は、先ほどの「予告なき本番」で完全にゼロになっていたのだ。
アジトへ帰還し、麻酔で半分感覚のない口元を押さえながらソファーに倒れ込む私を待っていたのは、「痛かったら左手を挙げるなんて生ぬるいルールに従うから負けるんだニャ。野生なら痛いと思った瞬間に噛み付くのが鉄則だぞ」とでも言いたげな、我が家の白黒の愛しき同居人(猫)の果てしなく冷ややかな視線だった。
「フゥ……完全なる敗北だ。」
奇襲プロトコルか、魔物の仕業か。今回もまた、医療従事者の巧みな心理戦の前にクールに対処する、有能な探偵であることを証明することはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「『痛かったら言ってください』という言葉は、決して我々を救うためのものではなく、過ぎ去った嵐を見送るためのただのBGMである」という血の滲むような真理を噛み締めた。謎がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。
【捜査報告書】
- 捜査結果決定的証拠なし(痛みが過ぎ去った後に抗議をしたところで、すでに処置は完璧に終わっており、ただの「痛みに弱い大人の男」というレッテルを貼られるだけであるため)
- 有力な容疑者第一の容疑者(患者に無駄な抵抗をさせず、一撃で患部を仕留めた後に慈悲の言葉を投げかける、歯科医師の圧倒的なスピードとプロの流儀)
- カピ主任の見解「探偵たるもの、後から文句を言うな。そんなに痛いのが嫌なら、次からは診察台に座った瞬間に、問答無用で左手をピンと天井に向けて挙げたまま治療を受けろ。ずっと挙げていれば、さすがの医者も慎重になるニャ。」






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