【日常捜査ファイルNo.154】「なんでもいいよ」と言った人が後から条件を追加する事件
【日常捜査ファイルNo.154】「なんでもいいよ」と言った人が後から条件を追加する事件
- 事案名称: 全能免責・後出し要求現象、通称「エニシング・トラップ(無限の条件)」
- 警戒レベル: ★★★★★(「君のセンスに任せるよ」という甘い言葉でハードルを極限まで上げた挙句、提案を次々とスナイパーのように撃ち落としていく、致死量の精神的徒労感)
- 捜査難易度: ★★★★★(正解が存在しない状態からスタートし、提案と拒絶を繰り返す「消去法」によってのみ真実にたどり着けるという、完全なる心理的迷宮のため)
- 被害対象: 言葉を文字通りに受け取り、相手の好みを必死にプロファイリングして完璧なプランを提示しようとした、すべての誠実で哀れな幹事たち
- 目撃情報: グルメサイトの画面を血眼でスクロールし、「じゃあ和食は?」「うーん」「中華は?」「昨日食べた」という不毛なラリーの末、最終的にスマホを持つ手が力なく震えている姿
現場証言:被害者たちの叫び
「デートで『ご飯、何食べたい?』と聞いたら『なんでもいいよ!』と笑顔で言われました。焼肉を提案したら『服に匂いがつくのはちょっと……』、お寿司を提案したら『生魚の気分じゃない』。私の『なんでも』の辞書が崩壊しました。」
(会社員)
「職場のランチで後輩が『なんでもいいです』と言うので、激辛カレー屋に連れて行こうとしたら『あ、胃に優しいものがいいです……』と。最初から『うどん』と言ってくれればよかったのに。」
(営業職)
「人間の口から放たれる『なんでもいい』という言葉は、『私の心の中に隠された正解を、お前がエスパーのように言い当ててみせろ』という恐るべき挑戦状なのだよ。」
(ベテラン被害者)
導入:事件発生のファイル
「フゥ……。人間という生き物は、どれほど親しい間柄であろうとも、『食事の決定権』という重い責任の前では、途端にパスを回し合う臆病な存在のようだな。」
日常捜査課のデスクで、私は深くため息をつきながら淹れたての深煎りブラジル産コーヒー(※給湯室にあったインスタント)をすすった。
今回の事件は、我々が他者と行動を共にする際、最も頻繁に発生し、かつ最も多くの人間関係に亀裂を生んできた極めて悪質なコミュニケーション・ミステリーである。
あなたは友人や同僚と共にいて、食事の時間を迎える。
「さて、腹も減ったな。何を食べようか?」
あなたが問いかけると、相手はスマホから目を離さずに、あるいは天使のような微笑みでこう答える。
『うん、私はなんでもいいよ。任せる!』
(フッ……なんでもいい、か。ならば俺のハードボイルドな店選びのセンスを見せてやろう。)
あなたは責任感と少しの誇り胸に、頭の中のデータベースをフル回転させる。しかし、あなたが自信満々に第一のカード(提案)を切ったその瞬間から、地獄のゲームは幕を開けるのだ。
「うーん……それもいいんだけど、今はちょっとそういう気分じゃないかなぁ。」
(な、なんだと……!? 今、「なんでもいい」と言ったばかりではないか!)
なぜ我々は、全ての権限を委任した直後に、突如として厳しい審査員へと変貌してしまうのか。この「白紙委任状・即時破棄バグ」の真相を、私が暴き出してみせよう。
展開:容疑者一覧(無限の条件の黒幕たち)
「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに完璧なタイミングで、俺のプロフェッショナルとしてのエスコート力を、ただの『終わりのないクイズの解答者』へと引きずり下ろしてくるとは。」
私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。
- 第一の容疑者:脳の「決断責任・完全回避プロトコル」(現実度:高)「自分が店を決めて、もし美味しくなかったり相手の好みに合わなかったりしたら気まずい」というリスクを恐れるあまり、決定権という名の時限爆弾を相手に押し付ける防衛本能の暴走。
- 第二の容疑者:隠語の「マインドリーダー要求(察してちゃん症候群)」(現実度:中)本人の中には明確に「食べたくないもの」や「漠然とした欲求」が存在しているにも関わらず、それを言語化する労力を惜しみ、相手の提案という壁打ちを使って自分の本当の気持ちを探ろうとする心理的トラップ。
- 第三の容疑者:飲食街の魔物「アトダシ・ジャンケン(後出しの悪魔)」(現実度:低・妄想)交差点に潜む魔物が、提案を聞いた瞬間にだけ「それ以外がいい」という呪いを相手の脳内に送り込み、人間たちが路上で途方に暮れる姿を見て嘲笑っているオカルト現象だ。
オチ:華麗なる迷宮入り
「事態の真相は、俺がある友人と共に過酷なミッション(クリエイティブな打ち合わせ)を終え、夕食を共にしようとしたある夜、無慈悲に牙を剥いて現れるようだな……。」
その日、我々は腹を空かせて駅前に立っていた。
「お疲れ。さあ、メシにしよう。何が食べたい?」
私がクールに問いかけると、友人は軽く伸びをしながら答えた。
「あー、疲れたね。俺は本当になんでもいいよ。任せるわ。」
(フッ……俺に任せるとは、度胸がある。酸いも甘いも噛み分けてきた大人の男のチョイスを教えてやろう。)
私は、確かな味と圧倒的なコストパフォーマンスを誇る、東向島駅前の行きつけの店を思い浮かべた。
「よし。それなら、あそこのサイゼリヤに行こう。あそこの店舗なら提供も早いし、俺は辛味チキンとワインで軽く流したい気分だ。」
完璧な提案だ。大衆的でありながら洗練されたイタリアン。断る理由はない。
しかし、友人は少しだけ眉をひそめ、申し訳なさそうに言った。
「あー……サイゼかぁ。いや、サイゼは最高なんだけど、今日はちょっとチーズとかニンニクって気分じゃないんだよね。もうちょい和風というか……」
(……和風。なるほど、条件が追加されたな。)
「分かった。ならば、出前館でもよく世話になっている『釜寅』の店舗でも探すか? 釜飯なら和風で腹にもたまる。」
「んー、釜飯は炊き上がるまで時間かかるっしょ? 俺、今すぐかき込みたいくらい腹減ってんだよね。」
(……早く出てくる和食。立ち食いそばか!? いや、それじゃ味気ない。)
「……じゃあ、定食屋か? それとも寿司か?」
「寿司は昨日食ったんだよなぁ。定食屋も……んー、なんかピンとこない。」
私は夜の東向島駅前で、完全にフリーズした。
「なんでもいい」という言葉は幻だったのだ。彼の中には「和食」「早く出てくる」「チーズ・ニンニク不可」「昨日食べていない」「ピンとくるもの」という、見えないセキュリティゲートが何重にも張り巡らされていたのである。
結局、30分間の不毛なやり取りの末、我々は「適当に入ったチェーンの牛丼屋」で無言で肉をかき込むという、ハードボイルドとは程遠い結末を迎えた。
アジトへ帰還し、精神的疲労でソファーに倒れ込む私を待っていたのは、「『なんでもいい』って言われたら、有無を言わさず自分の食べたい店に連行するのが真のハードボイルドだニャ。相手の顔色をうかがって提案を繰り返すから、ナメられるんだぞ」とでも言いたげな、我が家の白黒の愛しき同居人(カピ主任)の果てしなく冷ややかな視線だった。
「フゥ……完全なる敗北だ。」
責任回避のプロトコルか、後出しジャンケンの魔物か。今回もまた、見えない相手の欲求をクールに射抜く、有能な探偵であることを証明することはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「『なんでもいいよ』という言葉は、『私の気にいる提案を持ってきなさい』という王様からの勅命である」という血の滲むような真理を噛み締めた。謎と空腹がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。
【捜査報告書】
- 捜査結果決定的証拠なし(相手の「なんでもいい」を真に受けた結果、己のプロファイリング能力の限界を思い知らされ、最終的に牛丼で妥協した完全なる敗北であるため)
- 有力な容疑者第一の容疑者(自分からは絶対に正解を出さず、相手の提案をサンドバッグにして自分の胃袋の形を確かめようとした、友人のマインドリーダー要求)
- カピ主任の見解「探偵たるもの、言葉の裏の裏を読め。次『なんでもいい』って言われたら、『じゃあ俺は今から激辛火鍋を食うが、お前もそれでいいな?』と凄んでみせろ。それで文句を言ったら置いていけニャ。」






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