【日常捜査ファイルNo.166】相手と同時に話し始めて「どうぞどうぞ」が3往復する事件

【日常捜査ファイルNo.166】相手と同時に話し始めて「どうぞどうぞ」が3往復する事件

  • 事案名称: 同時発話・無限譲り合い現象、通称「アフター・ユー・デッドロック(終わらないどうぞ)」
  • 警戒レベル: ★★★★★(3往復目に突入した際の、「この泥沼からどうやって抜け出せばいいのか」という致死量の気まずさと、訪れる不毛な沈黙)
  • 捜査難易度: ★★★★★(互いに良かれと思って譲り合っているため、悪意が一切存在せず、自ら強制終了のトリガーを引くのが極めて困難な心理的密室状態のため)
  • 被害対象: 相手を思いやる「謙譲の精神」を律儀に発揮しすぎた結果、会話の主導権という名のババ抜きを延々と続ける羽目になった、すべての善良なる現代人たち
  • 目撃情報: 「あ、ごめん」「いや、そっち先どうぞ」「いやいや、大したことじゃないからどうぞ」という地獄のラリーの末、最終的に両者が同時に黙り込み、数秒の沈黙の後に再び同時に話し始めてループが再始動する姿

現場証言:被害者たちの叫び

「オンライン会議で、別部署の担当者と発言のタイミングが完全に被りました。『あ、どうぞ』『いえ、そちらから』と譲り合っているうちに、画面越しの全員から生温かい目で見守られ、最終的に何を言おうとしていたか完全に忘れました。」

(会社員)

「友人と電話している時、3往復くらい譲り合って、結局『で、何言おうとしたの?』と聞いたら『いや、忘れたわ』と言われました。私たちのあの10秒間の譲り合いは、宇宙のゴミとなりました。」

(フリーランス)

「『どうぞ』という言葉は、本来相手に道を開くための魔法の鍵だ。しかしタイミングを誤れば、それは互いの首を絞め合う呪いの鎖となるのだよ。譲り合いの精神は、時としてコミュニケーションの進行を妨げる最大の障害となるのだ。」

(ベテラン被害者)

導入:事件発生のファイル

「フゥ……。人間という生き物は、どれほど高度な通信網を築き上げようとも、コンマ数秒の『息の合いすぎ』によって、会話という名のキャッチボールを自ら放棄してしまう哀れな存在のようだな。」

名もなきコンクリートジャングルの片隅にあるアジトで、私は深くため息をつきながら、愛飲しているミラクルエナジーNEOのプルタブを弾き、喉に流し込んだ。

今回の事件は、我々が他者とコミュニケーションを取る際、対面であれオンラインであれ、突如として牙を剥く極めて悪質なデッドロック・ミステリーである。

あなたはハードボイルドな会話の最中、ふと相手に伝えるべき重要な情報を思いつく。

「フッ……このタイミングだ。俺のクレバーな意見を聞かせてやろう。」

あなたは息を吸い込み、口を開く。

『あのさ──』

しかし、全く同じコンマ数秒のタイミングで、相手も口を開くのだ。

『そういえば──』

空中で言葉が衝突する。

あなたは即座に身を引き、「あ、悪い。先に言ってくれ」と主導権を譲る。

だが、相手もまた同じように身を引き、「いやいや、そっちどうぞ!」とパスを返してくる。

(……フッ、礼儀正しい奴だ。だが俺の話は後でもいい。)

「いや、俺のは本当に大したことじゃないから。どうぞ。」

「えっ、でも私のもただの雑談ですし……どうぞどうぞ!」

なぜ我々は、たった一つの「発言権」を押し付け合い、自ら身動きが取れない泥沼へと足を踏み入れてしまうのか。この「強制譲り合い・無限ループバグ」の真相を、私が暴き出してみせよう。

展開:容疑者一覧(終わらないどうぞの黒幕たち)

「うーむ……これは実に興味深い。これほどまでに完璧なタイミングで、俺のスマートな会話術を、ただの『ダチョウ倶楽部のコント』へと引きずり下ろしてくるとは。」

私は張り込み用のお気に入りあんぱんをかじりながら、思考の海へと深く潜っていった。当日常捜査課がリストアップした、3つの恐るべき容疑者をここに記す。

  • 第一の容疑者:脳の「ミラーリング・トラップ(同調の罠)」(現実度:高)互いの波長が合いすぎているが故に、「話し始めるタイミング」だけでなく、「譲るタイミング」、さらには「沈黙に耐えきれず再び話し始めるタイミング」まで完全に一致してしまうという、悲劇的なシンクロナイズ現象。
  • 第二の容疑者:通信の「ディレイ・デビル(遅延の悪魔)」(現実度:中)特にボイスチャットや電話において発生するコンマ数秒のラグが、「相手が譲ってくれたのか、まだ話し続けているのか」の判断を狂わせ、結果として不用意な衝突と譲り合いを誘発するテクノロジーの限界。
  • 第三の容疑者:会話の魔物「アフター・ユー(譲り合いの精霊)」(現実度:低・妄想)通信ケーブルの隙間に潜む魔物が、日本人のDNAに深く刻まれた「相手を立てねばならない」という呪縛を刺激し、一生「どうぞ」と言わせ続けることで、会話の進行を妨害して楽しんでいるオカルト現象だ。

オチ:華麗なる迷宮入り

「事態の真相は、俺が相棒(友人)とボイスチャットを繋ぎ、過酷なオンライン上の共同ミッションに挑んでいたある夜、無慈悲に牙を剥いて現れるようだな……。」

その日、我々は緊迫した状況下に置かれていた。

私は愛用のロジクールG304マウスを強く握りしめ、画面上の状況を血眼で分析していた。敵の包囲網が迫りつつあり、ここから撤退するか、それとも一か八かの奇襲をかけるか、即座の判断が求められる局面だった。

(フッ……冷酷な戦場だ。だが、俺の戦略ならこの死地を抜け出せる。)

私は戦局を動かすべく、マイクに向かって息を吸い込んだ。

「あ、」

「あの、」

相棒の声が見事に重なった。

私は即座に言葉を飲み込んだ。「悪い、先に報告してくれ!」

相棒もすかさず遠慮する。「いや、そっちどうぞ! 俺のはただの確認だから!」

(……チッ、時間は刻一刻と迫っているというのに!)

「いやいや、俺の作戦も大したもんじゃない。お前の報告が先決だ。どうぞどうぞ!」

「えっ、でも……じゃあ……」

数秒の沈黙。お互いが「相手が話し始める」のを待つ、あの独特の真空状態が訪れた。

(よし、相棒が黙った。ならば俺から行くぜ!)

「じゃあ俺から──」

「あのね、敵が──」

『…………あ、ごめん!』

またしても見事に重なった。

「いや、いいよ! マジでそっち言って!」

「いやいやいや! 本当にそっち先どうぞってば!」

我々が優雅に、そして致死量の気まずさを抱えながら「どうぞどうぞ」の3往復目を繰り広げている間に、画面の中の我々のキャラクターは、背後から接近していた敵にあっさりと発見され、無惨にも全滅の憂き目に遭った。

「あー……」

「……やられちゃったね」

「俺がさっき言おうとしたの、『後ろから来てるぞ』ってことだったんだわ……」

「俺も……」

アジトの静寂の中、敗北の画面を見つめながらヘッドセットを外した私を待っていたのは、「野生の世界で獲物を譲り合ってたら、お前らが先に食われるだけだニャ。探偵なら『俺が喋る!』ってマイクの主導権を物理で握り潰せ」とでも言いたげな、我が家の白黒の愛しき同居人(カピ主任)の果てしなく冷ややかな視線だった。

「フゥ……完全なる敗北だ。」

同調の罠か、遅延の悪魔か。今回もまた、不毛なデッドロックをクールに打ち破る有能な探偵であることを証明することはできなかった。探偵帽を深くかぶり直し、私は「相手と声が重なった時は、遠慮などかなぐり捨てて、声のボリュームを2倍にして自分のターンを強制的に奪い取る野蛮さこそが、真の優しさである」という血の滲むような真理を噛み締めた。謎と気まずい沈黙がそこにある限り、日常捜査課の戦いは終わらない。

【捜査報告書】

  • 捜査結果決定的証拠なし(お互いの「相手を思いやる心」が強すぎた結果、皮肉にも最悪のタイミングで任務が崩壊するという、誰を責めることもできない完全なる自滅であったため)
  • 有力な容疑者第一の容疑者(相手の波長と完璧にシンクロしてしまい、引くタイミングも出るタイミングも一寸の狂いもなく合わせてしまった俺と相棒のミラーリング・トラップ)
  • カピ主任の見解「探偵たるもの、譲り合いの精神なんてドブに捨てろ。3回譲って喋らないなら、一生黙ってろニャ。そんなに『どうぞどうぞ』がやりたいなら、俺のトイレ掃除の当番を誰かに譲ってみろ。」

あなたがこれまでに「相手と同時に話し始めて気まずくなった」中で、一番最悪だったシチュエーションはどんな時でしたか?

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